長編 Archive

  • 『ナース.ファイター.ボーイ』は一人の母親のソウル、一人の戦う男のハート、そして一人の子供の信念を描いた都会のラブ・ストーリー。 ジュード(キャレン・レブランク)は看護師の家系を引き継ぐジャマイカ系シングル・マザー。鎌状赤血球病(シックル・セル病)という不治の病と闘っている 。サイレンス(クラーク・ジョンソン)は生きる為に違法な賭試合を続ける”過去の栄光”に生きる元ボクサー。暴力が身近な世界で育ち、誰の事も信用しようとしない。シエル(ダニエル・J・ゴードン)は音楽に深くのめり込んでいる頭脳明晰な少年、母親の調子が悪くなると得意の”魔法”で母を守るために彼女に夢を見させようとする。 夏の終わりの深夜の乱闘。その闘士がその看護士の手当を受けたことで3人の運命が永遠に絡み合み続けることになる...     『ナース.ファイター.ボーイ』は信頼、愛、そして運命についての物語。脚本のヴェニンジャーは言う「戦争や恐怖の観念が渦巻く現代に、時によって変わる事のない信頼、愛する人は決して去っては行かないことを知る事についての映画」オフィサー監督は「僕の生まれ育ったカナダ、トロントに住む違った文化背景を持つ人々を見せたかった。」と言う。「僕は、希望的な、だけど現実の死と人間性についての映画を作りたい。僕は黒人達を人間的に描きたい。それが本当にやりたい事 ー僕の使命だと思ってる。その第一歩がこの映画だと思いたい。」   チャールズ・オフィサー:バイオ ビジュアル・アートをオンタリオ・デザイン&アート大学、ケンブリッジで学び、ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスに参加するまではグラフィック・デザイナーとして働く。その後、役者として舞台、テレビ、映画に登場する。(「ライジング・イン・ザ・サン」に出演)最初の短編作品「朝が来るとき」は2000年のトロント国際映画祭で上映され、2001年にカナダ・フィルム・センターの監督コースを受講し短編第2作目の「短い聖歌ー沈黙の戦争」を2001年の同映画祭で発表し最優秀短編賞を受賞する。同作品は2004年のサンダンス映画祭Genie賞にノミネートされる。カーン”ストラグリン”のミュージック・ビデオ、TV試作の”ホテル・バビロン”と続き、2006年にはロシアでイングリッド・ヴェニンジャーとのコラボレーションで”ホテル・ウラジオストック”、”全ては愛と恐れ”を共作する。2007年第57回ベルリン映画祭の脚本プログラムで「ナース.ファイター.ボーイ」がプロデューサーのフレッド・ルースに取り上げられた。2作目の長編、ハリー・ジェロームのドキュメンタリー(カナダのナショナル・フィルム・ボードとの共同製作)が現在世界の映画祭で上映中。  

    『ナース.ファイター.ボーイ』監督:チャールズ・オフィサー

    『ナース.ファイター.ボーイ』は一人の母親のソウル、一人の戦う男のハート、そして一人の子供の信念を描いた都会のラブ・ストーリー。 ジュード(キャレン・レブランク)は看護師の家系を引き継ぐジャマイカ系シングル・マザー。鎌状赤血球病(シックル・セル病)という不治の病と闘っている 。サイレンス(クラーク・ジョンソン)は生きる為に違法な賭試合を続ける”過去の栄光”に生きる元ボクサー。暴力が身近な世界で育ち、誰の事も信用しようとしない。シエル(ダニエル・J・ゴードン)は音楽に深くのめり込んでいる頭脳明晰な少年、母親の調子が悪くなると得意の”魔法”で母を守るために彼女に夢を見させようとする。 夏の終わりの深夜の乱闘。その闘士がその看護士の手当を受けたことで3人の運命が永遠に絡み合み続けることになる...     『ナース.ファイター.ボーイ』は信頼、愛、そして運命についての物語。脚本のヴェニンジャーは言う「戦争や恐怖の観念が渦巻く現代に、時によって変わる事のない信頼、愛する人は決して去っては行かないことを知る事についての映画」オフィサー監督は「僕の生まれ育ったカナダ、トロントに住む違った文化背景を持つ人々を見せたかった。」と言う。「僕は、希望的な、だけど現実の死と人間性についての映画を作りたい。僕は黒人達を人間的に描きたい。それが本当にやりたい事 ー僕の使命だと思ってる。その第一歩がこの映画だと思いたい。」   チャールズ・オフィサー:バイオ ビジュアル・アートをオンタリオ・デザイン&アート大学、ケンブリッジで学び、ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスに参加するまではグラフィック・デザイナーとして働く。その後、役者として舞台、テレビ、映画に登場する。(「ライジング・イン・ザ・サン」に出演)最初の短編作品「朝が来るとき」は2000年のトロント国際映画祭で上映され、2001年にカナダ・フィルム・センターの監督コースを受講し短編第2作目の「短い聖歌ー沈黙の戦争」を2001年の同映画祭で発表し最優秀短編賞を受賞する。同作品は2004年のサンダンス映画祭Genie賞にノミネートされる。カーン”ストラグリン”のミュージック・ビデオ、TV試作の”ホテル・バビロン”と続き、2006年にはロシアでイングリッド・ヴェニンジャーとのコラボレーションで”ホテル・ウラジオストック”、”全ては愛と恐れ”を共作する。2007年第57回ベルリン映画祭の脚本プログラムで「ナース.ファイター.ボーイ」がプロデューサーのフレッド・ルースに取り上げられた。2作目の長編、ハリー・ジェロームのドキュメンタリー(カナダのナショナル・フィルム・ボードとの共同製作)が現在世界の映画祭で上映中。  

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  • 『ヒバクシャとボクの旅』監督:国本隆史 63分 2008年 ーシノプシス かつて被爆者の証言を聞いても「どうすればいいのか分からなかった」という監督が、被爆者との船旅を通じて、「被爆経験の継承とは何か」というテーマ をストレートに描いた作品。ベトナムで枯葉剤被害者の話を聞いて「どうすればいいのか」と悩む日本の被爆者に、監督は「自分と同じもの」を感じる。2才で 被爆し当時の記憶のない被爆者は、ギリシャでナチス虐殺の最後の生存者らに出会う中で、「われわれ被爆者もいずれ誰かが最後の一人になる」と口にする。記憶のない「若い被爆者」たちは、自分たちは何をすればよいのか悩み、船内で活動を始める。一方でカメラは、原爆について知識も関心もない世界や日本の若者たちの率直な言動にも向けられる。「私たちに何ができるのか。」この問いが、映像をみた者たちに投げかけられる。 ー国本隆史監督バイオ 1980年生れ、東京都国立市出身。大学で社会学を専攻し、ドキュメンタリーの製作を開始する。会社勤めをしながら、東京視点、OurPlanet TV等の市民メディアで映像スキルを磨く。現在は、神戸のたかとりコミュニティセンターで、Re:C(レック)のプロジェクトを担当し、多文化な背景を持つ子どもたちと一緒に映像を作っている。NDS(中崎町ドキュメンタリースペース)所属。 2003年 “青きテハミング” -Az contest 準グランプリ受賞 2007 年”駅舎に登ろう” -東京ビデオフェスティバル2007 優秀賞受賞, up-and-coming international film festival Hannover 招待

    『ヒバクシャとボクの旅』監督:国本隆史

    『ヒバクシャとボクの旅』監督:国本隆史 63分 2008年 ーシノプシス かつて被爆者の証言を聞いても「どうすればいいのか分からなかった」という監督が、被爆者との船旅を通じて、「被爆経験の継承とは何か」というテーマ をストレートに描いた作品。ベトナムで枯葉剤被害者の話を聞いて「どうすればいいのか」と悩む日本の被爆者に、監督は「自分と同じもの」を感じる。2才で 被爆し当時の記憶のない被爆者は、ギリシャでナチス虐殺の最後の生存者らに出会う中で、「われわれ被爆者もいずれ誰かが最後の一人になる」と口にする。記憶のない「若い被爆者」たちは、自分たちは何をすればよいのか悩み、船内で活動を始める。一方でカメラは、原爆について知識も関心もない世界や日本の若者たちの率直な言動にも向けられる。「私たちに何ができるのか。」この問いが、映像をみた者たちに投げかけられる。 ー国本隆史監督バイオ 1980年生れ、東京都国立市出身。大学で社会学を専攻し、ドキュメンタリーの製作を開始する。会社勤めをしながら、東京視点、OurPlanet TV等の市民メディアで映像スキルを磨く。現在は、神戸のたかとりコミュニティセンターで、Re:C(レック)のプロジェクトを担当し、多文化な背景を持つ子どもたちと一緒に映像を作っている。NDS(中崎町ドキュメンタリースペース)所属。 2003年 “青きテハミング” -Az contest 準グランプリ受賞 2007 年”駅舎に登ろう” -東京ビデオフェスティバル2007 優秀賞受賞, up-and-coming international film festival Hannover 招待

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  • アヒルの子 【家族]って何だろう? [私]って何だろう?
地域共同体が崩壊し、核家族化が進む現代日本で、揺れ動いている[私]と[家族]の関係。世界中のさまざまな事件の情報が日々溢れていても、[私]と[家族]の関係は多くの人にとって最も身近な問題ではないでしょうか。秋葉原通り魔事件、川口在住・中学生女生徒の父親刺殺事件・・・日本で起こっている数々の事件の背景には家族の問題が潜んでいます。
カメラの前に自らをさらけ出した監督・小野さやかが撒き散らす自己嫌悪の衝動は、親子の価値観の違い、姉妹間の愛憎、性的虐待・・・様々な[家族]の問題をえぐり出します。あいまいであるけれども強烈なその衝動は、観る者それぞれの家族観を大きく揺さぶることでしょう。
本作は決して、彼女とその家族だけの物語ではありません。現代を生きる[あなた]とその[家族]の物語でもあるのです。

 2005 HOTDOCS国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ) 正式出品
 2005 シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ)正式出品 監督より...アヒルの子と生きる 生きていることが申し訳なくて、死のうと決めた。20歳で、もうなにも期待していなかった。
わたしを救いだしてくれるヒーローはどこにも居なかった。重い気持ちをひきずりさまよって
いた。人々はうるさかった。休まる場所は夢の世界の中だけだった。映画舞台小説マンガ
・・・創作の海の中で私は自由に泳ぐことができた。もっと世界を限定してくれ。世界の大き
さを決めてくれ。わたしには東京は大きかった。人も多すぎた。東京という、初めての大舞
台に立ち、やけにスポットライトが熱かった。異常だった。熱くて立ってられなくて、幕を閉
じるまでのスピードも速かった。登場人物も多かった。そんで動き方がわからず抵抗する
間もなく、私はただそこにいた。 わたしは昔、家族だった。家族という世界に慣れ親しんだ登場人物の一人だった。一歩外
へ出ると、私のことを誰も知らなかった。今までの人生はなかったようだった。私は不自由
に感じた。何かが違うと思った。親の求める「いい子」であろうとしてきた。わたしは誰から
も必要とされる存在のはずだった。こんなはずじゃなかった。そうして気がついた。ここは
家族ではない。私は何者でもない。あっけなく役割を失った。誰もが私を無視した。存在意
義がなかった。どうしていいのかわからなかった。わたしが信じた家族は幻だった。わたし
は家族という幻想に縛られた住人だった。家族に生かされたから殺せよ!と叫んだ。誰も
聞いてくれなかった。私は映画を撮ることに決めた。家族を壊す決意をした。 映画は完成した。映画の生んだひずみに怯える人が居た。「この映画は倫理に反する」「人
としてやったらいかんことがある」「甘えている」「この映画を観せることは家族も傷つくしあな
たも傷つくよ」人々の声はわたしを切り裂いた。私のことをわかってくれない。猛烈に空しか
った。そんなときだった。「もっと家族を壊してほしかった」と切々と語る若者の声を聞いた。
誰かの悲鳴が重なった。どこかで聞き覚えのある声。わたしの声だった。気がつけば、周り
にはたくさんの人がいた。私はいつの間にか他者の中に居た。家族を壊したことで、家族の
破片が人々の中に散らばったのだろうか。わたしは、映画を通して他者と関係する。わたし
は世界が許すかぎり、何度でも、この手で世界を構築する。家族を壊したいま、映画がひず
みを生んで、そこに何かが修復しようと集まってくる。わたしはまた壊し、構築する。何度でも。


 監督:小野 さやか 
 1984年生まれ、愛媛県出身。高校卒業後日本映画学校に入学。2年次から映像ジャーナルゼミに所属し、
ドキュメンタリーの制作を学ぶ。本作品は同校卒業制作として制作された。 

 制作総指揮:原 一男 
 映画監督。1972年「さようならCP」で監督デビュー後「極私的エロス 恋歌1974」「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」と
時代を代表するドキュメンタリー映画を発表。日本映画学校では映像ジャーナルゼミを担任し「アヒルの子」の制作に携わった。
現在は大阪芸術大学映像学科教授として後進の指導にも当たっている。 

 撮影:山内大堂
 録音:伊藤梢
 制作・編集:大澤一生
 音楽:小倉里恵(まめ妓)
 アドバイザー:小林佐智子、栗林豊彦、浜口文幸    

    『アヒルの子』監督:小野 さやか 


    アヒルの子 【家族]って何だろう? [私]って何だろう?
地域共同体が崩壊し、核家族化が進む現代日本で、揺れ動いている[私]と[家族]の関係。世界中のさまざまな事件の情報が日々溢れていても、[私]と[家族]の関係は多くの人にとって最も身近な問題ではないでしょうか。秋葉原通り魔事件、川口在住・中学生女生徒の父親刺殺事件・・・日本で起こっている数々の事件の背景には家族の問題が潜んでいます。
カメラの前に自らをさらけ出した監督・小野さやかが撒き散らす自己嫌悪の衝動は、親子の価値観の違い、姉妹間の愛憎、性的虐待・・・様々な[家族]の問題をえぐり出します。あいまいであるけれども強烈なその衝動は、観る者それぞれの家族観を大きく揺さぶることでしょう。
本作は決して、彼女とその家族だけの物語ではありません。現代を生きる[あなた]とその[家族]の物語でもあるのです。

 2005 HOTDOCS国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ) 正式出品
 2005 シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ)正式出品 監督より...アヒルの子と生きる 生きていることが申し訳なくて、死のうと決めた。20歳で、もうなにも期待していなかった。
わたしを救いだしてくれるヒーローはどこにも居なかった。重い気持ちをひきずりさまよって
いた。人々はうるさかった。休まる場所は夢の世界の中だけだった。映画舞台小説マンガ
・・・創作の海の中で私は自由に泳ぐことができた。もっと世界を限定してくれ。世界の大き
さを決めてくれ。わたしには東京は大きかった。人も多すぎた。東京という、初めての大舞
台に立ち、やけにスポットライトが熱かった。異常だった。熱くて立ってられなくて、幕を閉
じるまでのスピードも速かった。登場人物も多かった。そんで動き方がわからず抵抗する
間もなく、私はただそこにいた。 わたしは昔、家族だった。家族という世界に慣れ親しんだ登場人物の一人だった。一歩外
へ出ると、私のことを誰も知らなかった。今までの人生はなかったようだった。私は不自由
に感じた。何かが違うと思った。親の求める「いい子」であろうとしてきた。わたしは誰から
も必要とされる存在のはずだった。こんなはずじゃなかった。そうして気がついた。ここは
家族ではない。私は何者でもない。あっけなく役割を失った。誰もが私を無視した。存在意
義がなかった。どうしていいのかわからなかった。わたしが信じた家族は幻だった。わたし
は家族という幻想に縛られた住人だった。家族に生かされたから殺せよ!と叫んだ。誰も
聞いてくれなかった。私は映画を撮ることに決めた。家族を壊す決意をした。 映画は完成した。映画の生んだひずみに怯える人が居た。「この映画は倫理に反する」「人
としてやったらいかんことがある」「甘えている」「この映画を観せることは家族も傷つくしあな
たも傷つくよ」人々の声はわたしを切り裂いた。私のことをわかってくれない。猛烈に空しか
った。そんなときだった。「もっと家族を壊してほしかった」と切々と語る若者の声を聞いた。
誰かの悲鳴が重なった。どこかで聞き覚えのある声。わたしの声だった。気がつけば、周り
にはたくさんの人がいた。私はいつの間にか他者の中に居た。家族を壊したことで、家族の
破片が人々の中に散らばったのだろうか。わたしは、映画を通して他者と関係する。わたし
は世界が許すかぎり、何度でも、この手で世界を構築する。家族を壊したいま、映画がひず
みを生んで、そこに何かが修復しようと集まってくる。わたしはまた壊し、構築する。何度でも。


 監督:小野 さやか 
 1984年生まれ、愛媛県出身。高校卒業後日本映画学校に入学。2年次から映像ジャーナルゼミに所属し、
ドキュメンタリーの制作を学ぶ。本作品は同校卒業制作として制作された。 

 制作総指揮:原 一男 
 映画監督。1972年「さようならCP」で監督デビュー後「極私的エロス 恋歌1974」「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」と
時代を代表するドキュメンタリー映画を発表。日本映画学校では映像ジャーナルゼミを担任し「アヒルの子」の制作に携わった。
現在は大阪芸術大学映像学科教授として後進の指導にも当たっている。 

 撮影:山内大堂
 録音:伊藤梢
 制作・編集:大澤一生
 音楽:小倉里恵(まめ妓)
 アドバイザー:小林佐智子、栗林豊彦、浜口文幸    

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  • 『完美生活』監督:エミリー・タン 2008年、香港–中国、95分、HD カラー、 シノプシス 2人の女性が人生の岐路に立っている。見ず知らず、何の関係もない。だが彼女達の過去にも未来にも何かしら共通なものがあるかも知れない。 憂鬱な中国北東部の工業都市で、生活に不安を抱える21才のリーは、足に障害を持つ男に出会い、彼の依頼で香港に近い深圳市(しんせん)に一枚の絵を運ぶ事を頼まれた時、ついに広い世界を知る為の第一歩を踏み出すチャンスを掴んだ。 彼女はその男の信用出来ない約束を失うが、 家は戻らず、深圳に残って厳しい生活の中で生きていく事を選択する。 ジェニーは深圳の町でリーに遭遇する。ジェニーは離婚協議中だ。彼女は、はっきりしない理由のまま、長い間夢に見ていた香港での生活を離れ、願いを叶えられないままの生活に葛藤していた。 2009年バンクーバー国際映画祭「Dragons & Tigers」 2009年香港国際映画祭「Golden Digital Prize」 第65回ヴェニス国際映画祭 produced by チョウ・クァン、ジャ・ジャンクー、リー・シュドン 背景 1970年代の市場開放政策によって、中国は大きな社会の変革と経済成長を見た。しかしその変革はそれぞれの地方に大きな格差の歪みを生んだ。新経済体制により中国北東部に元々あった計画経済政策下の多くの巨大企業は倒産した。それまで国から無料の生活保護を受けていた何百万人もの労働者達は余剰人員となり自由市場経済の大混乱に巻き込まれた。彼らの子供達もまた、生まれ育った街で職に就く事はほとんど無理だと悟っている。 地方では 何百、何千万の農夫達が畑を後にし、仕事を求め、より良い生活を求めて都市部に向かった。職を失った労働者達とその子供達も一緒に中国南部の沿岸都市に洪水のように流れ込んだ。そこでは世界の生産システムの中で不法に行われている低賃金労働が彼らを待っていた。 この南向移住の波は1990年代全般に渡ってピークを迎えた。1992年に前指導者、鄧小平が南中国を周り開放政策と経済活性を中国復活の道として演説を行った後である。この深圳市は香港に近い故に多くの移住者にとって魅力的だった。 今日、深圳市に住む1200万人中、1000万人は他の地方から来た移住者である。その中で大多数が若い女性達。だが彼女達の仕事や生活の環境は厳しい。毎日数えきれない程の移住者が、離れるか、留まるか、地元に帰るか、、、選択を迫られている。 エイミー・タン 四川省で生まれ北京で育つ。西洋文学と言語学を北京大学で学ぶ。Chinese National Institute of Arts の大学院ではドラマを専攻。1997年に自身が監督・製作したドキュメンタリーを中国中央電視台(CCTV)で放映。1998年に中央戯劇学院で監督プログラムに参加し映画監督としての道を切り開く。...

    『完美生活 』監督:エミリー・タン(中国)

    『完美生活』監督:エミリー・タン 2008年、香港–中国、95分、HD カラー、 シノプシス 2人の女性が人生の岐路に立っている。見ず知らず、何の関係もない。だが彼女達の過去にも未来にも何かしら共通なものがあるかも知れない。 憂鬱な中国北東部の工業都市で、生活に不安を抱える21才のリーは、足に障害を持つ男に出会い、彼の依頼で香港に近い深圳市(しんせん)に一枚の絵を運ぶ事を頼まれた時、ついに広い世界を知る為の第一歩を踏み出すチャンスを掴んだ。 彼女はその男の信用出来ない約束を失うが、 家は戻らず、深圳に残って厳しい生活の中で生きていく事を選択する。 ジェニーは深圳の町でリーに遭遇する。ジェニーは離婚協議中だ。彼女は、はっきりしない理由のまま、長い間夢に見ていた香港での生活を離れ、願いを叶えられないままの生活に葛藤していた。 2009年バンクーバー国際映画祭「Dragons & Tigers」 2009年香港国際映画祭「Golden Digital Prize」 第65回ヴェニス国際映画祭 produced by チョウ・クァン、ジャ・ジャンクー、リー・シュドン 背景 1970年代の市場開放政策によって、中国は大きな社会の変革と経済成長を見た。しかしその変革はそれぞれの地方に大きな格差の歪みを生んだ。新経済体制により中国北東部に元々あった計画経済政策下の多くの巨大企業は倒産した。それまで国から無料の生活保護を受けていた何百万人もの労働者達は余剰人員となり自由市場経済の大混乱に巻き込まれた。彼らの子供達もまた、生まれ育った街で職に就く事はほとんど無理だと悟っている。 地方では 何百、何千万の農夫達が畑を後にし、仕事を求め、より良い生活を求めて都市部に向かった。職を失った労働者達とその子供達も一緒に中国南部の沿岸都市に洪水のように流れ込んだ。そこでは世界の生産システムの中で不法に行われている低賃金労働が彼らを待っていた。 この南向移住の波は1990年代全般に渡ってピークを迎えた。1992年に前指導者、鄧小平が南中国を周り開放政策と経済活性を中国復活の道として演説を行った後である。この深圳市は香港に近い故に多くの移住者にとって魅力的だった。 今日、深圳市に住む1200万人中、1000万人は他の地方から来た移住者である。その中で大多数が若い女性達。だが彼女達の仕事や生活の環境は厳しい。毎日数えきれない程の移住者が、離れるか、留まるか、地元に帰るか、、、選択を迫られている。 エイミー・タン 四川省で生まれ北京で育つ。西洋文学と言語学を北京大学で学ぶ。Chinese National Institute of Arts の大学院ではドラマを専攻。1997年に自身が監督・製作したドキュメンタリーを中国中央電視台(CCTV)で放映。1998年に中央戯劇学院で監督プログラムに参加し映画監督としての道を切り開く。...

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