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	<title>Uno Port Art Films 宇野港芸術映画座 上映シリーズ 2011 August 5~7 &#38; 12~14, six days and nights</title>
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	<description>&#34;Life, Art, Film&#34; - International film screening event in every summer at Uno Port, the gateway to Naoshima island, Japan</description>
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		<title>『ナース.ファイター.ボーイ』監督：チャールズ・オフィサー</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Aug 2011 01:42:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[長編]]></category>

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		<description><![CDATA[『ナース.ファイター.ボーイ』は一人の母親のソウル、一人の戦う男のハート、そして一人の子供の信念を描いた都会のラブ・ストーリー。 ジュード(キャレン・レブランク)は看護師の家系を引き継ぐジャマイカ系シングル・マザー。鎌状赤血球病(シックル・セル病)という不治の病と闘っている 。サイレンス(クラーク・ジョンソン)は生きる為に違法な賭試合を続ける”過去の栄光”に生きる元ボクサー。暴力が身近な世界で育ち、誰の事も信用しようとしない。シエル(ダニエル・J・ゴードン)は音楽に深くのめり込んでいる頭脳明晰な少年、母親の調子が悪くなると得意の”魔法”で母を守るために彼女に夢を見させようとする。 夏の終わりの深夜の乱闘。その闘士がその看護士の手当を受けたことで３人の運命が永遠に絡み合み続けることになる．．． &#160; &#160; 『ナース.ファイター.ボーイ』は信頼、愛、そして運命についての物語。脚本のヴェニンジャーは言う「戦争や恐怖の観念が渦巻く現代に、時によって変わる事のない信頼、愛する人は決して去っては行かないことを知る事についての映画」オフィサー監督は「僕の生まれ育ったカナダ、トロントに住む違った文化背景を持つ人々を見せたかった。」と言う。「僕は、希望的な、だけど現実の死と人間性についての映画を作りたい。僕は黒人達を人間的に描きたい。それが本当にやりたい事　ー僕の使命だと思ってる。その第一歩がこの映画だと思いたい。」 &#160; チャールズ・オフィサー：バイオ ビジュアル・アートをオンタリオ・デザイン＆アート大学、ケンブリッジで学び、ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスに参加するまではグラフィック・デザイナーとして働く。その後、役者として舞台、テレビ、映画に登場する。（「ライジング・イン・ザ・サン」に出演）最初の短編作品「朝が来るとき」は２０００年のトロント国際映画祭で上映され、２００１年にカナダ・フィルム・センターの監督コースを受講し短編第２作目の「短い聖歌ー沈黙の戦争」を２００１年の同映画祭で発表し最優秀短編賞を受賞する。同作品は２００４年のサンダンス映画祭Genie賞にノミネートされる。カーン”ストラグリン”のミュージック・ビデオ、TV試作の”ホテル・バビロン”と続き、２００６年にはロシアでイングリッド・ヴェニンジャーとのコラボレーションで”ホテル・ウラジオストック”、”全ては愛と恐れ”を共作する。２００７年第５７回ベルリン映画祭の脚本プログラムで「ナース.ファイター.ボーイ」がプロデューサーのフレッド・ルースに取り上げられた。2作目の長編、ハリー・ジェロームのドキュメンタリー（カナダのナショナル・フィルム・ボードとの共同製作）が現在世界の映画祭で上映中。 &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/01-KAREN-LeBLANC-LOCKER.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1497" title="01-KAREN LeBLANC-LOCKER" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/01-KAREN-LeBLANC-LOCKER.jpg" alt="" width="605" height="403" /></a></p>
<p><strong>『ナース.ファイター.ボーイ』</strong>は一人の母親のソウル、一人の戦う男のハート、そして一人の子供の信念を描いた都会のラブ・ストーリー。</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/09-DANIEL-J-GORDON-WARDROBE.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-1498" title="09-DANIEL J GORDON-WARDROBE" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/09-DANIEL-J-GORDON-WARDROBE-300x253.jpg" alt="" width="300" height="253" /></a>ジュード(キャレン・レブランク)は看護師の家系を引き継ぐジャマイカ系シングル・マザー。鎌状赤血球病(シックル・セル病)という不治の病と闘っている 。サイレンス(クラーク・ジョンソン)は生きる為に違法な賭試合を続ける”過去の栄光”に生きる元ボクサー。暴力が身近な世界で育ち、誰の事も信用しようとしない。シエル(ダニエル・J・ゴードン)は音楽に深くのめり込んでいる頭脳明晰な少年、母親の調子が悪くなると得意の”魔法”で母を守るために彼女に夢を見させようとする。</p>
<p>夏の終わりの深夜の乱闘。その闘士がその看護士の手当を受けたことで３人の運命が永遠に絡み合み続けることになる．．．<br />
<strong><img class="alignleft size-medium wp-image-1499" title="04-CLARK JOHNSON" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/04-CLARK-JOHNSON-300x240.jpg" alt="" width="300" height="240" /></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>『ナース.ファイター.ボーイ』</strong>は信頼、愛、そして運命についての物語。脚本のヴェニンジャーは言う「戦争や恐怖の観念が渦巻く現代に、時によって変わる事のない信頼、愛する人は決して去っては行かないことを知る事についての映画」オフィサー監督は「僕の生まれ育ったカナダ、トロントに住む違った文化背景を持つ人々を見せたかった。」と言う。「僕は、希望的な、だけど現実の死と人間性についての映画を作りたい。僕は黒人達を人間的に描きたい。それが本当にやりたい事　ー僕の使命だと思ってる。その第一歩がこの映画だと思いたい。」<strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>チャールズ・オフィサー：</strong>バイオ</p>
<div id="attachment_1515" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/18-CHARLES-OFFICER-INGRID-VENINGER.jpg"><img class="size-medium wp-image-1515" title="18-CHARLES OFFICER-INGRID VENINGER" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/18-CHARLES-OFFICER-INGRID-VENINGER-300x240.jpg" alt="" width="300" height="240" /></a><p class="wp-caption-text">CHARLES OFFICER(left) INGRID VENINGER</p></div>
<p>ビジュアル・アートをオンタリオ・デザイン＆アート大学、ケンブリッジで学び、ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスに参加するまではグラフィック・デザイナーとして働く。その後、役者として舞台、テレビ、映画に登場する。（「ライジング・イン・ザ・サン」に出演）最初の短編作品「朝が来るとき」は２０００年のトロント国際映画祭で上映され、２００１年にカナダ・フィルム・センターの監督コースを受講し短編第２作目の「短い聖歌ー沈黙の戦争」を２００１年の同映画祭で発表し最優秀短編賞を受賞する。同作品は２００４年のサンダンス映画祭Genie賞にノミネートされる。カーン”ストラグリン”のミュージック・ビデオ、TV試作の”ホテル・バビロン”と続き、２００６年にはロシアでイングリッド・ヴェニンジャーとのコラボレーションで”ホテル・ウラジオストック”、”全ては愛と恐れ”を共作する。２００７年第５７回ベルリン映画祭の脚本プログラムで「ナース.ファイター.ボーイ」がプロデューサーのフレッド・ルースに取り上げられた。2作目の長編、ハリー・ジェロームのドキュメンタリー（カナダのナショナル・フィルム・ボードとの共同製作）が現在世界の映画祭で上映中。</p>
<p>&nbsp;<br />
<iframe width="640" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/UyEm7A7Ez6w" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
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		<title>UPAF 第２週　明日８／１２金曜夜から</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/917</link>
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		<pubDate>Wed, 10 Aug 2011 04:14:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011]]></category>

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		<description><![CDATA[２０１１年８月１２日〜１４日、昼は屋内、夜は野外トレーラー劇場での上映]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><em>２０１１年８月１２日〜１４日、昼は屋内、夜は野外トレーラー劇場での上映</em></p>
<p><em><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/DSC83081.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1066" title="DSC83081.jpg" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/DSC83081-1024x679.jpg" alt="" width="620" height="411" /></a><br />
</em></p>
<p><em> </em></p>
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		<title>『赤い風船』＆『白い馬』監督：アルベール・ラモリス</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1525</link>
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		<pubDate>Mon, 08 Aug 2011 06:30:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[短編]]></category>

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		<description><![CDATA[心にしみ入る美しい映像と少しのセリフで魔法の映画を創り上げた戦後フランスのアルベール・ラモリス。 子供を主人公にした（監督の息子パスカルは両作品に登場）シンプルなストーリーには、戦争・世の中の善悪のしくみ、そしてその中で戦って行きていく子供達への思いなど、沢山の気持ちが込められている。 日本が将来への不安を抱えてふんばっている今年に、子供達に夢いっぱいに元気に育ってほしいという願いを込めて、子供たち（＝いのち）への愛が詰まったこの２つの宝物のような映画を贈ります。—主催者より。 『赤い風船』＆『白い馬』 ＜Introduction＞ 何度観ても色あせない感動。 1956年に生まれたアルベール・ラモリスの『赤い風船』は、その年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞、その後数々の映画賞に輝き、世代を超え愛され続けてきた。しかし、日本では不朽の名作の地位を得ながらも観る機会が限られ、その存在だけが語り継がれる伝説の映画でもあった。 2007年カンヌ国際映画祭。長年難航してきた権利問題が解決し、デジタルリマスターによって鮮やかに甦った『赤い風船』は、1953年度カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた同監督の『白い馬』と共に再び出品される。同じ作品の二度の正式出品自体、映画祭史上初の事件だったが、なにより話題をさらったのはその少しも色あせない映画の力だった。（二度目は監督週間出品） 監督ラモリスの世界は、シンプルなストーリーとわずかな台詞によって構成されているのにも関わらず、映画が語りつくせる限りのものが詰まっている。風船と少年が織り成すたった36分の物語、そして白い馬と少年の絆の中には、喜び、驚き、切なさがあり、人間の豊かな感情と可能性が焼き付けられている。この作品で私たちは、“映画”への愛を呼び覚まされるに違いない。 ＜赤い風船Story＞ 1950年代、パリ。少年パスカルは街灯に結ばれた赤い風船を見つける。よじ登って風船を手にすると、どうやらその風船には意思があるらしい。手を放してもパスカルになついて後をついてくる。ある日、パスカルと風船の仲の良さを妬んだいたずらっこ達が追いかけてきて…。 監督・脚本：アルベール・ラモリス／出演：パスカル・ラモリス/フランス／1956年／36分／カラー／フランス語／ 原題：Ballon rouge ＜白い馬Story＞ 南フランス、カマルグ湿地帯。野生の馬を率いるリーダーである“白いたてがみ”は、無理やりに自分たちを統制しようとする人間たちに、必死に対抗していた。しかし、少年フォルコだけは“白いたてがみ”と心を通わせ、強い絆で結ばれていく。 監督・脚本：アルベール・ラモリス／出演：アラン・エムリー他/フランス／1953年／４０分／白黒／フランス語／原題：Crin Blanc ■　監督Profile アルベール・ラモリス　Albert Lamorisse 　1922年1月13日、フランスのパリ生まれ。 エコール・デ・ロシュで学んだ後、IDHEC（高等映画学院）の聴講生となり、同時に写真家としての修養を積む。その後写真家としての仕事が注目を集め、フランソワ・テュフェールのアシスタントとなる。監督第一作は、北アフリカのチュニジアのジェルバ島の風物を記録した47年の短篇「ジェルバ」。49年にアラブの少年と彼のロバが繰り広げる冒険を描いた45分の劇映画第一作「小さなロバ、ビム」を発表する。再びジェルバ島で撮影されたこの作品は、完成作は当初商業性が希薄との理由で製作者たちの反応は良くなかった。しかし詩人のジャック・プレヴェールにその魅力を“再発見”され、プレヴェールが新たにコメンタリーを書くことで救われることになる（プレヴェールは後にこの作品のスチル写真と自らの文章を組み合わせた写真絵本を刊行した）。 53年に劇映画第二作『白い馬』を監督。この映画はカンヌ国際映画祭短篇グランプリを始め数々の賞を獲得、一躍ラモリスの名を世界に知らしめた。続いて56年に発表した『赤い風船』もカンヌ映画祭パルム・ドールを始め各種映画賞を総なめにし、ラモリスの名声はより一層高まった。60年には長篇劇映画第一作『素晴らしい風船旅行』の脚本と監督を兼任。振動による画面のブレを引き起こさずにヘリコプターからの空中撮影を可能にする新システム・ヘリヴィジョンを、ラモリス自身が開発・導入した初の映画となった。この作品でラモリスは自らの理想世界を実現するため、画面に写り込んで風景を台なしにしている高速道路を始めとする現代的な設備や建物を特撮で隠してしまう。 62年、再びジャック・プレヴェールをコメンテイターに迎え、『白い馬』のロケ地カマルグで撮影した21分の短篇ドキュメンタリー「野生馬たちの夢想」の監督・脚本・撮影を手掛ける。スローモーションとソフト・フォーカスでカマルグの野生馬たちが浜辺を彷徨し、周囲を取り巻く炎から脱出する様子を幻影と現実を織り交ぜて描いた詩的な作品。65年には長篇劇映画第二作『フィフィ大空をゆく』を発表。警察の追跡から逃げ込んだ先のサーカス一座に雇われた泥棒が、一座の花形娘と恋をするファンタスティック喜劇で、この作品でもヘリヴィジョンが活躍した。 67年には当時の仏文化相アンドレ・マルローからの援助を受け、二本の短篇ドキュメンタリー『パリの空の詩』「ヴェルサイユ」を監督した。63年にはヘリヴィジョンの特許を売り込むため来日したが、商談は成立しなかったという。 　70年6月2日、ドキュメンタリー「恋人たちの風」撮影のためイランのテヘラン郊外ハラヤ上空をヘリコプターで飛行中、ヘリコプターの回転翼が電線に触れ、湖に落下するという事故で死去。「恋人たちの風」はラモリスの製作ノートに基づいて未亡人が完成させ、彼の死後8年経った78年に公開された。 　また、57年にフランスで発売された有名なボード・ゲーム〈リスク〉は、ラモリスが考案したもの。オリジナルの仏語名称は〈世界征服〉だったが、アメリカのパーカー・ブラザーズがこれに目を付け、〈リスク〉の名で製作・発売したため、この名称が定着した。2～6人用で、42の領土と6つの大陸に分かれたナポレオン時代の世界地図が描かれたボード上でプレイする。プレイヤーたちは軍隊を動かして他のプレイヤーから領土を奪い、最終的にすべての領土をわが物とする（世界征服する）ことで勝利する、というもの。現在コンピュータ・ゲームやビデオ・ゲームにも応用されている。 『　』…日本劇場公開 「　」…日本未公開...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>心にしみ入る美しい映像と少しのセリフで魔法の映画を創り上げた戦後フランスのアルベール・ラモリス。 子供を主人公にした（監督の息子パスカルは両作品に登場）シンプルなストーリーには、戦争・世の中の善悪のしくみ、そしてその中で戦って行きていく子供達への思いなど、沢山の気持ちが込められている。</p>
<p>日本が将来への不安を抱えてふんばっている今年に、子供達に夢いっぱいに元気に育ってほしいという願いを込めて、子供たち（＝いのち）への愛が詰まったこの２つの宝物のような映画を贈ります。—主催者より。</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/赤い風船メイン.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1527" title="赤い風船メイン" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/赤い風船メイン-1024x834.jpg" alt="" width="620" height="504" /></a><br />
『赤い風船』＆『白い馬』</p>
<p>＜Introduction＞<br />
何度観ても色あせない感動。<br />
1956年に生まれたアルベール・ラモリスの『赤い風船』は、その年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞、その後数々の映画賞に輝き、世代を超え愛され続けてきた。しかし、日本では不朽の名作の地位を得ながらも観る機会が限られ、その存在だけが語り継がれる伝説の映画でもあった。<br />
2007年カンヌ国際映画祭。長年難航してきた権利問題が解決し、デジタルリマスターによって鮮やかに甦った『赤い風船』は、1953年度カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた同監督の『白い馬』と共に再び出品される。同じ作品の二度の正式出品自体、映画祭史上初の事件だったが、なにより話題をさらったのはその少しも色あせない映画の力だった。（二度目は監督週間出品）<br />
監督ラモリスの世界は、シンプルなストーリーとわずかな台詞によって構成されているのにも関わらず、映画が語りつくせる限りのものが詰まっている。風船と少年が織り成すたった36分の物語、そして白い馬と少年の絆の中には、喜び、驚き、切なさがあり、人間の豊かな感情と可能性が焼き付けられている。この作品で私たちは、“映画”への愛を呼び覚まされるに違いない。</p>
<p>＜赤い風船Story＞</p>
<p>1950年代、パリ。少年パスカルは街灯に結ばれた赤い風船を見つける。よじ登って風船を手にすると、どうやらその風船には意思があるらしい。手を放してもパスカルになついて後をついてくる。ある日、パスカルと風船の仲の良さを妬んだいたずらっこ達が追いかけてきて…。</p>
<p>監督・脚本：アルベール・ラモリス／出演：パスカル・ラモリス/フランス／1956年／36分／カラー／フランス語／ 原題：Ballon rouge</p>
<p>＜白い馬Story＞</p>
<p>南フランス、カマルグ湿地帯。野生の馬を率いるリーダーである“白いたてがみ”は、無理やりに自分たちを統制しようとする人間たちに、必死に対抗していた。しかし、少年フォルコだけは“白いたてがみ”と心を通わせ、強い絆で結ばれていく。</p>
<p>監督・脚本：アルベール・ラモリス／出演：アラン・エムリー他/フランス／1953年／４０分／白黒／フランス語／原題：Crin Blanc</p>
<p><img class="aligncenter size-large wp-image-1528" title="白い馬メイン横位置" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/白い馬メイン横位置-1024x773.jpg" alt="" width="620" height="468" /></p>
<p>■　監督Profile<br />
アルベール・ラモリス　Albert Lamorisse<br />
　1922年1月13日、フランスのパリ生まれ。<br />
エコール・デ・ロシュで学んだ後、IDHEC（高等映画学院）の聴講生となり、同時に写真家としての修養を積む。その後写真家としての仕事が注目を集め、フランソワ・テュフェールのアシスタントとなる。監督第一作は、北アフリカのチュニジアのジェルバ島の風物を記録した47年の短篇「ジェルバ」。49年にアラブの少年と彼のロバが繰り広げる冒険を描いた45分の劇映画第一作「小さなロバ、ビム」を発表する。再びジェルバ島で撮影されたこの作品は、完成作は当初商業性が希薄との理由で製作者たちの反応は良くなかった。しかし詩人のジャック・プレヴェールにその魅力を“再発見”され、プレヴェールが新たにコメンタリーを書くことで救われることになる（プレヴェールは後にこの作品のスチル写真と自らの文章を組み合わせた写真絵本を刊行した）。<br />
53年に劇映画第二作『白い馬』を監督。この映画はカンヌ国際映画祭短篇グランプリを始め数々の賞を獲得、一躍ラモリスの名を世界に知らしめた。続いて56年に発表した『赤い風船』もカンヌ映画祭パルム・ドールを始め各種映画賞を総なめにし、ラモリスの名声はより一層高まった。60年には長篇劇映画第一作『素晴らしい風船旅行』の脚本と監督を兼任。振動による画面のブレを引き起こさずにヘリコプターからの空中撮影を可能にする新システム・ヘリヴィジョンを、ラモリス自身が開発・導入した初の映画となった。この作品でラモリスは自らの理想世界を実現するため、画面に写り込んで風景を台なしにしている高速道路を始めとする現代的な設備や建物を特撮で隠してしまう。<br />
62年、再びジャック・プレヴェールをコメンテイターに迎え、『白い馬』のロケ地カマルグで撮影した21分の短篇ドキュメンタリー「野生馬たちの夢想」の監督・脚本・撮影を手掛ける。スローモーションとソフト・フォーカスでカマルグの野生馬たちが浜辺を彷徨し、周囲を取り巻く炎から脱出する様子を幻影と現実を織り交ぜて描いた詩的な作品。65年には長篇劇映画第二作『フィフィ大空をゆく』を発表。警察の追跡から逃げ込んだ先のサーカス一座に雇われた泥棒が、一座の花形娘と恋をするファンタスティック喜劇で、この作品でもヘリヴィジョンが活躍した。<br />
67年には当時の仏文化相アンドレ・マルローからの援助を受け、二本の短篇ドキュメンタリー『パリの空の詩』「ヴェルサイユ」を監督した。63年にはヘリヴィジョンの特許を売り込むため来日したが、商談は成立しなかったという。<br />
　70年6月2日、ドキュメンタリー「恋人たちの風」撮影のためイランのテヘラン郊外ハラヤ上空をヘリコプターで飛行中、ヘリコプターの回転翼が電線に触れ、湖に落下するという事故で死去。「恋人たちの風」はラモリスの製作ノートに基づいて未亡人が完成させ、彼の死後8年経った78年に公開された。<br />
　また、57年にフランスで発売された有名なボード・ゲーム〈リスク〉は、ラモリスが考案したもの。オリジナルの仏語名称は〈世界征服〉だったが、アメリカのパーカー・ブラザーズがこれに目を付け、〈リスク〉の名で製作・発売したため、この名称が定着した。2～6人用で、42の領土と6つの大陸に分かれたナポレオン時代の世界地図が描かれたボード上でプレイする。プレイヤーたちは軍隊を動かして他のプレイヤーから領土を奪い、最終的にすべての領土をわが物とする（世界征服する）ことで勝利する、というもの。現在コンピュータ・ゲームやビデオ・ゲームにも応用されている。</p>
<p>『　』…日本劇場公開<br />
「　」…日本未公開</p>
<p>日本未公開作品<br />
1947年	「Djerba／ジェルバ」<br />
1948年	「Bim, le petit âne／小さなロバ、ビム」<br />
1962年　「Le songe de chevaux sauvages／野生馬たちの夢想」<br />
1967年　「Versailles／ヴェルサイユ」<br />
1978年　「Le vent des amoureux／恋人たちの風」<br />
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		<title>ユース Speak Up!ー１０代の若者作品集（入場無料）</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1591</link>
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		<pubDate>Sun, 07 Aug 2011 13:47:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
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		<category><![CDATA[短編]]></category>

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		<description><![CDATA[ユース Speak Up! 1.『私はろうあ、バカじゃない』　—イギリス・ロンドン、2’30”、2011 ロンドンの聾唖（ろうあ）団体デフィニティ（デフ＝ろうあ＋definite＝“確実な”）とアドビ財団の共同プロジェクトとして、ブリティッシュ・フィルム・インスティテュートで６月に開催された“アドビ若者の声“映画祭でプレミア上映。聾唖の若い映像制作者グループが創ったこの作品は、ネットを通じて世界の聾唖コミュニティに大きな反響をもたらし、また全世界にまたがる”アドビ若者の声“プロジェクトの年間最優秀賞を受賞している。8月2−7日には全費用同財団持ちでカリフォルニアの授賞式に出席予定。映画界の人々に会ったり、30カ国からの若い受賞者と共に1週間のビデオワークショップに参加するそう。 &#160; 2.『男の道５K』—アメリカ、ニューヨーク、8’43”、2011 制作：アイゼア・マイルズ（ベンジャミン・ベネカー・アカデミー高校） “本当の”男になるための条件とはーそれを探るために、高校生フォルムメーカー、アイゼア・マイルズは『男の道５K』をつくった。陸上の選手である彼が選んだメタファーは、 大人の男になっていくレースを走り続ける自分 。 &#160; 3.『奴隷タグ』—イギリス、カンブリア、カークビー・ロンスデイル、18’08”、2010 あなたが最近買ったジーンズはいくらでしたか？誰がそれを縫って、それに対していくらの賃金をもらったのでしょうか。イギリスの二人の女の子たちが、その答えを見つけるために調べ、驚きの暗い真実を見つけ、では自分たちに何ができるかアップビートに考えた作品。 &#160; &#160; 4.『オレの歌』—日本、神戸、4’30”、2010 神戸出身ラッパー MC NAMの代表作「オレの歌」のミュージックビデオ。自分自身のルーツに目を向けたラップ。 前半では、親から聞いたベトナムから神戸へのストーリーを、後半では、日本で生まれた自分自身への葛藤や思いを歌う。 ロケ地は彼が生まれ育った神戸市長田。撮影ではベトナム人の高校生がカメラをまわし、編集はNAMが担当した。二人のベトナムっ子によるコラボレーションに注目！！ 監督バイオ：MC　NAM 神戸で生まれた。両親はベトナム出身で、１９８０年代に「ベトナム難民」として来日した。神戸で、自ら作詞作曲をし、ラッパーとしての音楽活動を開始。現在、ベトナム語を学ぶために、ベトナムへ渡っている。 &#160; 5.『私たちのヒジャブ』アメリカ・シアトル、3’19”、2010 制作：西シアトル小学校の生徒たち ヒジャブと呼ばれるムスリムの女性がかぶっているベール。このビデオでは、 西シアトル小学校の生徒たちがムスリムのお姉さんにヒジャブについて質問する。ヒジャブには何の意味があるの？友達に色々言われませんか？ &#160;...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>ユース Speak Up!</strong></p>
<p><img class="size-medium wp-image-1592 alignleft" title="Deaf not Dumb 3" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Deaf-not-Dumb-3-300x140.png" alt="" width="300" height="140" /></p>
<p><strong>1.『私はろうあ、バカじゃない』</strong>　—イギリス・ロンドン、2’30”、2011</p>
<p>ロンドンの聾唖（ろうあ）団体デフィニティ（デフ＝ろうあ＋definite＝“確実な”）とアドビ財団の共同プロジェクトとして、ブリティッシュ・フィルム・インスティテュートで６月に開催された“アドビ若者の声“映画祭でプレミア上映。聾唖の若い映像制作者グループが創ったこの作品は、ネットを通じて世界の聾唖コミュニティに大きな反響をもたらし、また全世界にまたがる”アドビ若者の声“プロジェクトの年間最優秀賞を受賞している。8月2−7日には全費用同財団持ちでカリフォルニアの授賞式に出席予定。映画界の人々に会ったり、30カ国からの若い受賞者と共に1週間のビデオワークショップに参加するそう。</p>
<p><img class="alignright size-medium wp-image-1593" title="Manhood 5K1" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Manhood-5K1-300x176.png" alt="" width="300" height="176" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2.『男の道５K』</strong>—アメリカ、ニューヨーク、8’43”、2011</p>
<p>制作：アイゼア・マイルズ（ベンジャミン・ベネカー・アカデミー高校）</p>
<p>“本当の”男になるための条件とはーそれを探るために、高校生フォルムメーカー、アイゼア・マイルズは『男の道５K』をつくった。陸上の選手である彼が選んだメタファーは、 大人の男になっていくレースを走り続ける自分 。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Slave.screenshot.png"><img class="alignleft size-medium wp-image-1603" title="Slave.screenshot" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Slave.screenshot-300x186.png" alt="" width="300" height="186" /></a><strong>3.『奴隷タグ』</strong>—イギリス、カンブリア、カークビー・ロンスデイル、18’08”、2010</p>
<p>あなたが最近買ったジーンズはいくらでしたか？誰がそれを縫って、それに対していくらの賃金をもらったのでしょうか。イギリスの二人の女の子たちが、その答えを見つけるために調べ、驚きの暗い真実を見つけ、では自分たちに何ができるかアップビートに考えた作品。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="alignright size-medium wp-image-1594" title="NAM監督バイオ-1" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/NAM監督バイオ-1-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" /></p>
<p><strong>4.『オレの歌』</strong>—日本、神戸、4’30”、2010</p>
<p>神戸出身ラッパー MC NAMの代表作「オレの歌」のミュージックビデオ。自分自身のルーツに目を向けたラップ。<br />
前半では、親から聞いたベトナムから神戸へのストーリーを、後半では、日本で生まれた自分自身への葛藤や思いを歌う。<br />
ロケ地は彼が生まれ育った神戸市長田。撮影ではベトナム人の高校生がカメラをまわし、編集はNAMが担当した。二人のベトナムっ子によるコラボレーションに注目！！</p>
<p>監督バイオ：MC　NAM<br />
神戸で生まれた。両親はベトナム出身で、１９８０年代に「ベトナム難民」として来日した。神戸で、自ら作詞作曲をし、ラッパーとしての音楽活動を開始。現在、ベトナム語を学ぶために、ベトナムへ渡っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1595 alignleft" title="UAAF2011Youth_Hijabs" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_Hijabs-300x213.png" alt="" width="300" height="213" /></p>
<p><strong>5.『私たちのヒジャブ』</strong>アメリカ・シアトル、3’19”、2010</p>
<p>制作：西シアトル小学校の生徒たち</p>
<p>ヒジャブと呼ばれるムスリムの女性がかぶっているベール。このビデオでは、 西シアトル小学校の生徒たちがムスリムのお姉さんにヒジャブについて質問する。ヒジャブには何の意味があるの？友達に色々言われませんか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_LovingLife.png"><img class="alignright size-medium wp-image-1606" title="UAAF2011Youth_LovingLife" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_LovingLife-300x184.png" alt="" width="300" height="184" /></a><strong>6.『人生を愛すること』</strong>—アメリカ、ニューヨーク、1’07”、2011</p>
<p>制作：エメラルド・スミス（ブロンクス・ギルド）</p>
<p>エメラルド・スミスがこのデジタル・ストーリー（デジタル画像で綴るパーソナルストーリー）を通して伝えるのは、自分を愛すること、そして外見やちょっとした行動で簡単に人を判断する他人の浅はかなコメントに翻弄されないこと。彼女が教えてくれる強さと幸せの秘密は、愛する人達を大切に思う気持ち。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1596 alignleft" title="Haiti2.screenshot" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Haiti2.screenshot-300x210.png" alt="" width="300" height="210" /></p>
<p><strong>７．『ハイチのために立ち上がれ！』</strong>—アメリカ、カリフォルニア州レッドウッド市、5’53”、2010</p>
<p>制作：レッドウッド市アドビ若者の声ピーポッド・アカデミーでビデオを学ぶ生徒たち</p>
<p>ハイチ地震への支援と意識を高めるために自分たちに何ができるかを考えたティーンが、力をあわせてつくったラップビデオ作品。ハイチの惨状を伝え、ハイチの人々を助けよう、皆でハイチを再建しよう、と呼びかける。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_ComingOut1.png"><img class="alignright size-medium wp-image-1605" title="UAAF2011Youth_ComingOut" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_ComingOut1-300x154.png" alt="" width="300" height="154" /></a><strong>8.『家族への告白： 嵐の後』</strong>　—アメリカ、ニューヨーク、4’13”、2011</p>
<p>制作：アレネッサ・グティエレス（ブロンクス・ギルド）</p>
<p>家族に自分のレズビアンとしてのアイデンティティを明かした体験を、皆とシェアするため、勇気を持ってこの映画を作った。道は困難で、心の痛みは大きい。でも、家族に告げたことを後悔はしていない。LGBT(性的マイノリティ)の若者を少しでも励ますことができたら、と願ってこの作品を作った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1597 alignleft" title="UAAF2011Youth_umbilical" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_umbilical-300x163.png" alt="" width="300" height="163" /></p>
<p><strong>9.『サブのへその緒』</strong>コロンビア・ロペスアデントロ・ポリモルフォ、7’25” 、2010</p>
<p>コロンビアの先住民族ナサ族の慣習に従って、エディルフレドのお母さんは彼のへその緒を埋めた。赤ん坊と母なる大地とのつながりを築く儀式だ。しかしコロンビアの田舎での暴力と飲酒の習慣がいつしかエディルフレドに地球とのつながりを忘れさせ、彼は13歳にして、輸出用のコカの葉（コカインのもと）を摘む仕事に手を染め始める。武装ギャング組織に入ろうと思ったこともあるという。彼は今17歳、地球とのつながりをもう一度見つけ、自分の部族のアイデンティティについて考え始めている。</p>
<p>監督バイオ：セク・トロチェス<br />
『サブのへその緒』を制作する以前にも、セクはコロンビアの自分の町ロペスアデントロでコミュニティのイベントなどを定期的に撮影。彼女の作品は西南コロンビアの様々なコミュニティで広く上映されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1598 alignright" title="Ace of Spades" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Ace-of-Spades-300x213.png" alt="" width="300" height="213" /></p>
<p><strong>10.『スペードのエース</strong>』—カナダ・トロント、4’40”、2011</p>
<p>制作：アマン・パテル、パヴァン・パテル、アノジャン・サタシヴァム、タウシフ・モハメド・シャリフ（レスター・B・ペアーソン高校）</p>
<p>パワーを手にするとそれを乱用してしまう人のサガを描いたビデオ。欲に身を任せると、他の人を大切に扱えなくなる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/HandsOfLove.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-1607" title="HandsOfLove" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/HandsOfLove-300x223.jpg" alt="" width="300" height="223" /></a>1<strong>1.『愛の手』</strong>– ケニア・ナイロビ、7’25”、2010</p>
<p>デイビッドはケニアの首都ナイロビ郊外にあるアフリカ最大のスラム街キベラに暮らす16歳の少年。家にはトイレがないから、彼の家族は夜間の用足しにはバケツを使い、ビニール袋に入れてそれを捨てている。家庭生活の一番些細に思えることさえが大苦労だ。夜間の外出は恐いので皆が同じようにして用を足しビニール袋（簡易トイレ）を窓から捨てるようになり、今やそれはデイビッドの家族内の問題ではなく、コミュニティ全体の衛生環境への脅威になりつつある。デイビッドと彼の仲間たちは、町の安全を守り皆の健康を保つために、共同トイレ掃除とバッグ除去作業を始めた。</p>
<p>監督バイオ：シラス・オディアンボ<br />
シラスが映画を作り始めたきっかけは、『おばあさんの部族』という長編ドキュメンタリーの題材として取材を受けてから。それ以来ドキュメンタリーに興味を持ち、自分で制作している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1599 alignright" title="UAAF2011Youth_Mira" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_Mira-300x172.png" alt="" width="300" height="172" /></p>
<p><strong>12.『ミラ』</strong>—アメリカ、フィアデルフィア、4’00”　—アメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィア、2011</p>
<p>監督：クレイグ・シェイヒング</p>
<p>見えそうで見えない、つかまえられそうで手の届かない女の子ミラ。フィラデルフィアのグラフィティづくめの廃墟ビルで撮影された、不思議でやさしい映像。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="alignleft size-medium wp-image-1600" title="UAAF2011Youth_GirlLikeMe" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/UAAF2011Youth_GirlLikeMe-300x207.png" alt="" width="300" height="207" /></p>
<p><strong>13.『私みたいな女の子』</strong>　—アメリカ、ニューヨーク、７’、2005</p>
<p>制作：キリ・デイビス</p>
<p>アメリカ社会の暗黙の「美の基準」の中で、黒人の女の子たちは自分たちをどう思いながら育っているのか。16歳の黒人少女キリが曇りなき眼で取り組んだ話題作品。以来、各国の映画祭で上映、オプラ・ウィンフリー・ショーにも出演。日本初公開 2005, 7分,ドキュメンタリー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>ユース・ドラマ創作集</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1674</link>
		<comments>http://unoportartfilms.org/archives/1674#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 06 Aug 2011 17:30:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[短編]]></category>

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		<description><![CDATA[『ネクロポリス』 共同監督：クレイグ・シェイヒング、ザック・アーロン、ダイビッド・フィーマン、ジェイコブ・シャンクス・キンドロン、アメリカ・ペンシルバニア州、フィラデルフィア、9’43”、2009 ゾンビの悲しく切ないラブストーリー。ゾンビにはゾンビの世界があり、好きな食べ物があり、恋もする．．．それを迫害するのは．．． &#160; &#160; &#160; &#160; 監督バイオ：クレイグ・シェイヒング 僕についてちょっと．．． こういうのって、普通みんな「クレイグは．．．」みたいに３人称で書くんだろうけど、何かそれって変だ。だからまあ、少しだけ自分のことについて言うよ。僕の名前はクレイグ。ペンスルバニア州のペン・アーガイルという町の出身、聞いたことないでしょ。小さい町で、ブルー・マウンテンという山のふもとの、畑に囲まれたとこだ。いい町だけど、一生涯ピザの配達をする気もなかったから、町を出た。 大学に入った。テンプル大という大学だ。ペン・アーガイルがフィラデルフィアの都会にとってかわった。映画／メディア芸術を専攻した。なぜそうしたのかははっきりとしないんだ。でも、高校時代に人間より映画とつながりを感じていた、というのが多分に影響しているように思う。かといって、映画を作ったことなんてなかったよ。高校で写真のクラスを一つ履修して、中学の頃に友達とスケートのビデオをつくったくらいのものさ。まあ、そんなとこ。 それで、映画を専攻して、完全に浸りきった。頭からドボーンさ。それから２年後の今、他のことやるなんて考えられない。フィクションも実験映画もドキュメンタリーの手法も取り入れるけど、すべての作品は実験だと思ってる。新しい作品に着手する度に、前とは違うことがしたいし、前の作品で得た経験すべてをつぎ込むんだ。そして作品と自分をまだ見ぬ世界に高めて行きたい。だからこそ楽しいんだ。新しいこと何でも挑戦して、何が働くか、何が働かないか試して、自分や、被写体や、自分のアートについてだんだん学んでいくんだ。 &#160; 『ポートレイト』 監督：ダニエラ・メリノ、2011、17分、カラー、フィクション、アメリカ／エクアドル 若い写真家のペネロープは肖像写真を通して人の存在の実体を捉えることに命を燃やしていた。作曲家で彼女の恋人のサミュエルはそんな彼女の創作を励まし助言していた。ある日不慮のできごとが、自分の意図を超えた一連の創作へのきっかけを彼女に与えることになる。 『ポートレイト』はアーティストとその写真作品の内面的なつながりを、詩的に描写した映像作品である。 &#160; 監督バイオ：ダニエラ・メリノ エクアドル出身のビジュアル・アーティスト。2003年よりニューヨーク在住。ポストモダン世代の女性の精神的・肉体的な変化を描いた写真やビデオ・ポートレイトを主に手がける。本作品がドラマ作品処女作である。これまでの実験的、抽象的な手法とドラマ映画のストーリー性をかけ合わせたこの作品を通じて、写真芸術の本質を詩的に再考したかった。 過去作品： —『写真家』（2009）：鏡の迷路の中で、自分を撮影する女性の話。 —『チカスブルー』（2008）：ある女性の子供時代への郷愁の旅。８ミリ。 —『欲望』（２００８）：果たされない欲望の力をビジュアル詩として表現。 —『じゃない』（2007）：アイデンティティの本質についての大人と子供の見解の違いを捉えたいたずら心に満ちた作品。8ミリ映画。(www.merinophotogallery.com) &#160; 『オレの空の天使』 共同監督：ディアマンテ・ホートン、ルービー・ゴンザレス、リチャード・カホ、PJ・パロアイ 2011、15’20”, アメリカ・カリフォルニア州レッドウッド市アドビ若者の声ピーポッド・アカデミー...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Necropolis2.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1677" title="Necropolis2" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Necropolis2-1024x668.jpg" alt="" width="620" height="404" /></a></p>
<p><strong>『ネクロポリス』</strong><strong> </strong></p>
<p>共同監督：クレイグ・シェイヒング、ザック・アーロン、ダイビッド・フィーマン、ジェイコブ・シャンクス・キンドロン、アメリカ・ペンシルバニア州、フィラデルフィア、9’43”、2009</p>
<p><img class="alignright size-medium wp-image-1678" title="Necropolis1" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Necropolis1-300x171.jpg" alt="" width="300" height="171" /></p>
<p>ゾンビの悲しく切ないラブストーリー。ゾンビにはゾンビの世界があり、好きな食べ物があり、恋もする．．．それを迫害するのは．．．</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong> </strong></p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/PastedGraphic-1.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-1679" title="PastedGraphic-1" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/PastedGraphic-1-300x238.jpg" alt="" width="300" height="238" /></a></p>
<p>監督バイオ：クレイグ・シェイヒング</p>
<p>僕についてちょっと．．．</p>
<p>こういうのって、普通みんな「クレイグは．．．」みたいに３人称で書くんだろうけど、何かそれって変だ。だからまあ、少しだけ自分のことについて言うよ。僕の名前はクレイグ。ペンスルバニア州のペン・アーガイルという町の出身、聞いたことないでしょ。小さい町で、ブルー・マウンテンという山のふもとの、畑に囲まれたとこだ。いい町だけど、一生涯ピザの配達をする気もなかったから、町を出た。</p>
<p>大学に入った。テンプル大という大学だ。ペン・アーガイルがフィラデルフィアの都会にとってかわった。映画／メディア芸術を専攻した。なぜそうしたのかははっきりとしないんだ。でも、高校時代に人間より映画とつながりを感じていた、というのが多分に影響しているように思う。かといって、映画を作ったことなんてなかったよ。高校で写真のクラスを一つ履修して、中学の頃に友達とスケートのビデオをつくったくらいのものさ。まあ、そんなとこ。</p>
<p>それで、映画を専攻して、完全に浸りきった。頭からドボーンさ。それから２年後の今、他のことやるなんて考えられない。フィクションも実験映画もドキュメンタリーの手法も取り入れるけど、すべての作品は実験だと思ってる。新しい作品に着手する度に、前とは違うことがしたいし、前の作品で得た経験すべてをつぎ込むんだ。そして作品と自分をまだ見ぬ世界に高めて行きたい。だからこそ楽しいんだ。新しいこと何でも挑戦して、何が働くか、何が働かないか試して、自分や、被写体や、自分のアートについてだんだん学んでいくんだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Portrait2.png"><img class="aligncenter size-full wp-image-1681" title="Portrait2" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Portrait2.png" alt="" width="709" height="468" /></a></p>
<p><strong>『ポートレイト』</strong></p>
<p>監督：ダニエラ・メリノ、2011、17分、カラー、フィクション、アメリカ／エクアドル</p>
<p><img class="alignright size-medium wp-image-1682" title="Portrait gum" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Portrait-gum-300x179.png" alt="" width="300" height="179" /></p>
<p>若い写真家のペネロープは肖像写真を通して人の存在の実体を捉えることに命を燃やしていた。作曲家で彼女の恋人のサミュエルはそんな彼女の創作を励まし助言していた。ある日不慮のできごとが、自分の意図を超えた一連の創作へのきっかけを彼女に与えることになる。</p>
<p>『ポートレイト』はアーティストとその写真作品の内面的なつながりを、詩的に描写した映像作品である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong> </strong></p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Daniela.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-1683" title="Daniela" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Daniela-300x226.jpg" alt="" width="300" height="226" /></a>監督バイオ：ダニエラ・メリノ</p>
<p>エクアドル出身のビジュアル・アーティスト。2003年よりニューヨーク在住。ポストモダン世代の女性の精神的・肉体的な変化を描いた写真やビデオ・ポートレイトを主に手がける。本作品がドラマ作品処女作である。これまでの実験的、抽象的な手法とドラマ映画のストーリー性をかけ合わせたこの作品を通じて、写真芸術の本質を詩的に再考したかった。</p>
<p><strong> </strong></p>
<p>過去作品：</p>
<p>—『写真家』（2009）：鏡の迷路の中で、自分を撮影する女性の話。</p>
<p>—『チカスブルー』（2008）：ある女性の子供時代への郷愁の旅。８ミリ。</p>
<p>—『欲望』（２００８）：果たされない欲望の力をビジュアル詩として表現。</p>
<p>—『じゃない』（2007）：アイデンティティの本質についての大人と子供の見解の違いを捉えたいたずら心に満ちた作品。8ミリ映画。(<a href="http://www.merinophotogallery.com">www.merinophotogallery.com</a>)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong> </strong></p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Angel2.screenshot.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1684" title="Angel2.screenshot" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Angel2.screenshot-1024x580.jpg" alt="" width="620" height="351" /></a></p>
<p><strong>『オレの空の天使』</strong><strong> </strong></p>
<p>共同監督：ディアマンテ・ホートン、ルービー・ゴンザレス、リチャード・カホ、PJ・パロアイ</p>
<p>2011、15’20”, アメリカ・カリフォルニア州レッドウッド市アドビ若者の声ピーポッド・アカデミー<strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Angel.screenshot.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-1685" title="Angel.screenshot" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Angel.screenshot-300x202.jpg" alt="" width="300" height="202" /></a>『オレの空の天使』</strong>は悲劇を乗り越えて答えを探そうとする一人の若者のストーリー。つらい経験を経て、神を信じること、許すこと、約束を守ることを学んで行く。アドビ若者の声ピーポッド・アカデミーのメンバーとして、数人の若者が一緒に書き、プロデュース・撮影・編集した短編。<a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Diamante.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-1686" title="Diamante" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Diamante-276x300.jpg" alt="" width="276" height="300" /></a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『ヒバクシャとボクの旅』監督：国本隆史</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1572</link>
		<comments>http://unoportartfilms.org/archives/1572#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 05 Aug 2011 14:43:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[長編]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://unoportartfilms.org/?p=1572</guid>
		<description><![CDATA[『ヒバクシャとボクの旅』監督：国本隆史　６３分　２００８年 ーシノプシス かつて被爆者の証言を聞いても「どうすればいいのか分からなかった」という監督が、被爆者との船旅を通じて、「被爆経験の継承とは何か」というテーマ をストレートに描いた作品。ベトナムで枯葉剤被害者の話を聞いて「どうすればいいのか」と悩む日本の被爆者に、監督は「自分と同じもの」を感じる。2才で 被爆し当時の記憶のない被爆者は、ギリシャでナチス虐殺の最後の生存者らに出会う中で、「われわれ被爆者もいずれ誰かが最後の一人になる」と口にする。記憶のない「若い被爆者」たちは、自分たちは何をすればよいのか悩み、船内で活動を始める。一方でカメラは、原爆について知識も関心もない世界や日本の若者たちの率直な言動にも向けられる。「私たちに何ができるのか。」この問いが、映像をみた者たちに投げかけられる。 ー国本隆史監督バイオ 1980年生れ、東京都国立市出身。大学で社会学を専攻し、ドキュメンタリーの製作を開始する。会社勤めをしながら、東京視点、OurPlanet TV等の市民メディアで映像スキルを磨く。現在は、神戸のたかとりコミュニティセンターで、Re:C(レック)のプロジェクトを担当し、多文化な背景を持つ子どもたちと一緒に映像を作っている。NDS(中崎町ドキュメンタリースペース)所属。 2003年 &#8220;青きテハミング&#8221; -Az contest 準グランプリ受賞 2007 年&#8221;駅舎に登ろう&#8221; -東京ビデオフェスティバル2007 優秀賞受賞, up-and-coming international film festival Hannover 招待]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/ヒバボクの旅02_ベネズエラ若者2.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1573" title="ヒバボクの旅02_ベネズエラ若者2" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/ヒバボクの旅02_ベネズエラ若者2.jpg" alt="" width="576" height="384" /></a></p>
<p>『ヒバクシャとボクの旅』監督：国本隆史　６３分　２００８年</p>
<p>ーシノプシス<br />
かつて被爆者の証言を聞いても「どうすればいいのか分からなかった」という監督が、被爆者との船旅を通じて、「被爆経験の継承とは何か」というテーマ をストレートに描いた作品。ベトナムで枯葉剤被害者の話を聞いて「どうすればいいのか」と悩む日本の被爆者に、監督は「自分と同じもの」を感じる。2才で 被爆し当時の記憶のない被爆者は、ギリシャでナチス虐殺の最後の生存者らに出会う中で、「われわれ被爆者もいずれ誰かが最後の一人になる」と口にする。記憶のない「若い被爆者」たちは、自分たちは何をすればよいのか悩み、船内で活動を始める。一方でカメラは、原爆について知識も関心もない世界や日本の若者たちの率直な言動にも向けられる。「私たちに何ができるのか。」この問いが、映像をみた者たちに投げかけられる。</p>
<p>ー国本隆史監督バイオ<br />
<a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/国本隆史.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-1575" title="国本隆史" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/国本隆史-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a>1980年生れ、東京都国立市出身。大学で社会学を専攻し、ドキュメンタリーの製作を開始する。会社勤めをしながら、東京視点、OurPlanet TV等の市民メディアで映像スキルを磨く。現在は、神戸のたかとりコミュニティセンターで、Re:C(レック)のプロジェクトを担当し、多文化な背景を持つ子どもたちと一緒に映像を作っている。NDS(中崎町ドキュメンタリースペース)所属。</p>
<p>2003年 &#8220;青きテハミング&#8221;</p>
<p>-Az contest 準グランプリ受賞</p>
<p>2007 年&#8221;駅舎に登ろう&#8221;</p>
<p>-東京ビデオフェスティバル2007 優秀賞受賞, up-and-coming international film festival Hannover 招待</p>
<p><iframe width="480" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/NBIZ4cTYS5o" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『オレの歌』監督：MC ナム</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1251</link>
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		<pubDate>Thu, 04 Aug 2011 15:23:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[短編]]></category>

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		<description><![CDATA[UPAF 2011 上映作品＃４（若者プログラム）：『オレの歌』監督：MC NAM、2010年、ミュージックビデオ、4.5分。 神戸出身のベトナム人ラッパー MCナムの代表作「オレの歌」のミュージックビデオ。ベトナム人として日本で育つとは、自分の祖父母の知らなかった過去、などを歌に託した魂の叫び。ロケ地は、彼が生まれ育った長田。撮影はベトナム人の高校生が担当し、編集はナムが担当。二人のベトナムっ 子によるコラボレーションに注目！！協力：神戸わいわいTV]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/268100_232901946729479_118081614878180_931743_4917714_n.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-1252" title="268100_232901946729479_118081614878180_931743_4917714_n" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/268100_232901946729479_118081614878180_931743_4917714_n-300x179.jpg" alt="" width="300" height="179" /></a><br />
UPAF 2011 上映作品＃４（若者プログラム）：『オレの歌』監督：MC NAM、2010年、ミュージックビデオ、4.5分。 神戸出身のベトナム人ラッパー MCナムの代表作「オレの歌」のミュージックビデオ。ベトナム人として日本で育つとは、自分の祖父母の知らなかった過去、などを歌に託した魂の叫び。ロケ地は、彼が生まれ育った長田。撮影はベトナム人の高校生が担当し、編集はナムが担当。二人のベトナムっ<br />
子によるコラボレーションに注目！！協力：神戸わいわいTV</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『アヒルの子』監督：小野 さやか  </title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1539</link>
		<comments>http://unoportartfilms.org/archives/1539#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 04 Aug 2011 11:28:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[長編]]></category>

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		<description><![CDATA[アヒルの子 【家族]って何だろう？ [私]って何だろう？ 地域共同体が崩壊し、核家族化が進む現代日本で、揺れ動いている[私]と[家族]の関係。世界中のさまざまな事件の情報が日々溢れていても、[私]と[家族]の関係は多くの人にとって最も身近な問題ではないでしょうか。秋葉原通り魔事件、川口在住・中学生女生徒の父親刺殺事件・・・日本で起こっている数々の事件の背景には家族の問題が潜んでいます。 カメラの前に自らをさらけ出した監督・小野さやかが撒き散らす自己嫌悪の衝動は、親子の価値観の違い、姉妹間の愛憎、性的虐待・・・様々な[家族]の問題をえぐり出します。あいまいであるけれども強烈なその衝動は、観る者それぞれの家族観を大きく揺さぶることでしょう。 本作は決して、彼女とその家族だけの物語ではありません。現代を生きる[あなた]とその[家族]の物語でもあるのです。   ２００５ ＨＯＴＤＯＣＳ国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ) 正式出品  ２００５ シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ）正式出品 監督より．．．アヒルの子と生きる 生きていることが申し訳なくて、死のうと決めた。２０歳で、もうなにも期待していなかった。 わたしを救いだしてくれるヒーローはどこにも居なかった。重い気持ちをひきずりさまよって いた。人々はうるさかった。休まる場所は夢の世界の中だけだった。映画舞台小説マンガ ・・・創作の海の中で私は自由に泳ぐことができた。もっと世界を限定してくれ。世界の大き さを決めてくれ。わたしには東京は大きかった。人も多すぎた。東京という、初めての大舞 台に立ち、やけにスポットライトが熱かった。異常だった。熱くて立ってられなくて、幕を閉 じるまでのスピードも速かった。登場人物も多かった。そんで動き方がわからず抵抗する 間もなく、私はただそこにいた。 わたしは昔、家族だった。家族という世界に慣れ親しんだ登場人物の一人だった。一歩外 へ出ると、私のことを誰も知らなかった。今までの人生はなかったようだった。私は不自由 に感じた。何かが違うと思った。親の求める「いい子」であろうとしてきた。わたしは誰から も必要とされる存在のはずだった。こんなはずじゃなかった。そうして気がついた。ここは 家族ではない。私は何者でもない。あっけなく役割を失った。誰もが私を無視した。存在意 義がなかった。どうしていいのかわからなかった。わたしが信じた家族は幻だった。わたし は家族という幻想に縛られた住人だった。家族に生かされたから殺せよ！と叫んだ。誰も 聞いてくれなかった。私は映画を撮ることに決めた。家族を壊す決意をした。 映画は完成した。映画の生んだひずみに怯える人が居た。「この映画は倫理に反する」「人 としてやったらいかんことがある」「甘えている」「この映画を観せることは家族も傷つくしあな たも傷つくよ」人々の声はわたしを切り裂いた。私のことをわかってくれない。猛烈に空しか った。そんなときだった。「もっと家族を壊してほしかった」と切々と語る若者の声を聞いた。 誰かの悲鳴が重なった。どこかで聞き覚えのある声。わたしの声だった。気がつけば、周り にはたくさんの人がいた。私はいつの間にか他者の中に居た。家族を壊したことで、家族の 破片が人々の中に散らばったのだろうか。わたしは、映画を通して他者と関係する。わたし は世界が許すかぎり、何度でも、この手で世界を構築する。家族を壊したいま、映画がひず みを生んで、そこに何かが修復しようと集まってくる。わたしはまた壊し、構築する。何度でも。    監督：小野 さやか   1984年生まれ、愛媛県出身。高校卒業後日本映画学校に入学。２年次から映像ジャーナルゼミに所属し、 ドキュメンタリーの制作を学ぶ。本作品は同校卒業制作として制作された。    制作総指揮：原 一男   映画監督。1972年「さようならCP」で監督デビュー後「極私的エロス 恋歌1974」「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」と 時代を代表するドキュメンタリー映画を発表。日本映画学校では映像ジャーナルゼミを担任し「アヒルの子」の制作に携わった。 現在は大阪芸術大学映像学科教授として後進の指導にも当たっている。    撮影：山内大堂  録音：伊藤梢  制作・編集：大澤一生  音楽：小倉里恵(まめ妓)  アドバイザー：小林佐智子、栗林豊彦、浜口文幸 &#160; &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/ahiru021.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1544" title="ahiru02" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/ahiru021-1024x768.jpg" alt="" width="620" height="465" /></a><br />
アヒルの子</p>
<p>【家族]って何だろう？ [私]って何だろう？ 地域共同体が崩壊し、核家族化が進む現代日本で、揺れ動いている[私]と[家族]の関係。世界中のさまざまな事件の情報が日々溢れていても、[私]と[家族]の関係は多くの人にとって最も身近な問題ではないでしょうか。秋葉原通り魔事件、川口在住・中学生女生徒の父親刺殺事件・・・日本で起こっている数々の事件の背景には家族の問題が潜んでいます。 カメラの前に自らをさらけ出した監督・小野さやかが撒き散らす自己嫌悪の衝動は、親子の価値観の違い、姉妹間の愛憎、性的虐待・・・様々な[家族]の問題をえぐり出します。あいまいであるけれども強烈なその衝動は、観る者それぞれの家族観を大きく揺さぶることでしょう。 本作は決して、彼女とその家族だけの物語ではありません。現代を生きる[あなた]とその[家族]の物語でもあるのです。  <br />
２００５ ＨＯＴＤＯＣＳ国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ) 正式出品 <br />
２００５ シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ）正式出品</p>
<p>監督より．．．アヒルの子と生きる<a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/staff_01.png"><img class="alignright size-medium wp-image-1542" title="staff_01" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/staff_01-300x230.png" alt="" width="300" height="230" /></a><br />
生きていることが申し訳なくて、死のうと決めた。２０歳で、もうなにも期待していなかった。 わたしを救いだしてくれるヒーローはどこにも居なかった。重い気持ちをひきずりさまよって いた。人々はうるさかった。休まる場所は夢の世界の中だけだった。映画舞台小説マンガ ・・・創作の海の中で私は自由に泳ぐことができた。もっと世界を限定してくれ。世界の大き さを決めてくれ。わたしには東京は大きかった。人も多すぎた。東京という、初めての大舞 台に立ち、やけにスポットライトが熱かった。異常だった。熱くて立ってられなくて、幕を閉 じるまでのスピードも速かった。登場人物も多かった。そんで動き方がわからず抵抗する 間もなく、私はただそこにいた。<br />
わたしは昔、家族だった。家族という世界に慣れ親しんだ登場人物の一人だった。一歩外 へ出ると、私のことを誰も知らなかった。今までの人生はなかったようだった。私は不自由 に感じた。何かが違うと思った。親の求める「いい子」であろうとしてきた。わたしは誰から も必要とされる存在のはずだった。こんなはずじゃなかった。そうして気がついた。ここは 家族ではない。私は何者でもない。あっけなく役割を失った。誰もが私を無視した。存在意 義がなかった。どうしていいのかわからなかった。わたしが信じた家族は幻だった。わたし は家族という幻想に縛られた住人だった。家族に生かされたから殺せよ！と叫んだ。誰も 聞いてくれなかった。私は映画を撮ることに決めた。家族を壊す決意をした。<br />
映画は完成した。映画の生んだひずみに怯える人が居た。「この映画は倫理に反する」「人 としてやったらいかんことがある」「甘えている」「この映画を観せることは家族も傷つくしあな たも傷つくよ」人々の声はわたしを切り裂いた。私のことをわかってくれない。猛烈に空しか った。そんなときだった。「もっと家族を壊してほしかった」と切々と語る若者の声を聞いた。 誰かの悲鳴が重なった。どこかで聞き覚えのある声。わたしの声だった。気がつけば、周り にはたくさんの人がいた。私はいつの間にか他者の中に居た。家族を壊したことで、家族の 破片が人々の中に散らばったのだろうか。わたしは、映画を通して他者と関係する。わたし は世界が許すかぎり、何度でも、この手で世界を構築する。家族を壊したいま、映画がひず みを生んで、そこに何かが修復しようと集まってくる。わたしはまた壊し、構築する。何度でも。   </p>
<p>監督：小野 さやか  <br />
1984年生まれ、愛媛県出身。高校卒業後日本映画学校に入学。２年次から映像ジャーナルゼミに所属し、 ドキュメンタリーの制作を学ぶ。本作品は同校卒業制作として制作された。   <br />
制作総指揮：原 一男  <br />
映画監督。1972年「さようならCP」で監督デビュー後「極私的エロス 恋歌1974」「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」と 時代を代表するドキュメンタリー映画を発表。日本映画学校では映像ジャーナルゼミを担任し「アヒルの子」の制作に携わった。 現在は大阪芸術大学映像学科教授として後進の指導にも当たっている。   <br />
撮影：山内大堂 <br />
録音：伊藤梢 <br />
制作・編集：大澤一生 <br />
音楽：小倉里恵(まめ妓) <br />
アドバイザー：小林佐智子、栗林豊彦、浜口文幸</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;<br />
<iframe width="480" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/ZdZ2RVH7dw0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
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		<item>
		<title>『完美生活 』監督：エミリー・タン（中国）</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1233</link>
		<comments>http://unoportartfilms.org/archives/1233#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Jul 2011 15:13:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[特選作品]]></category>
		<category><![CDATA[長編]]></category>

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		<description><![CDATA[『完美生活』監督：エミリー・タン　2008年、香港–中国、９５分、HD　カラー、 シノプシス ２人の女性が人生の岐路に立っている。見ず知らず、何の関係もない。だが彼女達の過去にも未来にも何かしら共通なものがあるかも知れない。 憂鬱な中国北東部の工業都市で、生活に不安を抱える21才のリーは、足に障害を持つ男に出会い、彼の依頼で香港に近い深圳市（しんせん）に一枚の絵を運ぶ事を頼まれた時、ついに広い世界を知る為の第一歩を踏み出すチャンスを掴んだ。 彼女はその男の信用出来ない約束を失うが、 家は戻らず、深圳に残って厳しい生活の中で生きていく事を選択する。 ジェニーは深圳の町でリーに遭遇する。ジェニーは離婚協議中だ。彼女は、はっきりしない理由のまま、長い間夢に見ていた香港での生活を離れ、願いを叶えられないままの生活に葛藤していた。 ２００９年バンクーバー国際映画祭「Dragons &#38; Tigers」 ２００９年香港国際映画祭「Golden Digital Prize」 第６５回ヴェニス国際映画祭 produced by チョウ・クァン、ジャ・ジャンクー、リー・シュドン 背景 １９７０年代の市場開放政策によって、中国は大きな社会の変革と経済成長を見た。しかしその変革はそれぞれの地方に大きな格差の歪みを生んだ。新経済体制により中国北東部に元々あった計画経済政策下の多くの巨大企業は倒産した。それまで国から無料の生活保護を受けていた何百万人もの労働者達は余剰人員となり自由市場経済の大混乱に巻き込まれた。彼らの子供達もまた、生まれ育った街で職に就く事はほとんど無理だと悟っている。 地方では 何百、何千万の農夫達が畑を後にし、仕事を求め、より良い生活を求めて都市部に向かった。職を失った労働者達とその子供達も一緒に中国南部の沿岸都市に洪水のように流れ込んだ。そこでは世界の生産システムの中で不法に行われている低賃金労働が彼らを待っていた。 この南向移住の波は１９９０年代全般に渡ってピークを迎えた。１９９２年に前指導者、鄧小平が南中国を周り開放政策と経済活性を中国復活の道として演説を行った後である。この深圳市は香港に近い故に多くの移住者にとって魅力的だった。 今日、深圳市に住む１２００万人中、１０００万人は他の地方から来た移住者である。その中で大多数が若い女性達。だが彼女達の仕事や生活の環境は厳しい。毎日数えきれない程の移住者が、離れるか、留まるか、地元に帰るか、、、選択を迫られている。 エイミー・タン 四川省で生まれ北京で育つ。西洋文学と言語学を北京大学で学ぶ。Chinese National Institute of Arts の大学院ではドラマを専攻。１９９７年に自身が監督・製作したドキュメンタリーを中国中央電視台(CCTV)で放映。１９９８年に中央戯劇学院で監督プログラムに参加し映画監督としての道を切り開く。...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe width="640" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/OD8lbChboXg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>『完美生活』監督：エミリー・タン　2008年、香港–中国、９５分、HD　カラー、</p>
<p><img class="alignleft size-medium wp-image-1311" title="perfect 03_2" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/perfect-03_2-300x168.jpg" alt="" width="300" height="168" /></p>
<p>シノプシス</p>
<p>２人の女性が人生の岐路に立っている。見ず知らず、何の関係もない。だが彼女達の過去にも未来にも何かしら共通なものがあるかも知れない。</p>
<p>憂鬱な中国北東部の工業都市で、生活に不安を抱える21才のリーは、足に障害を持つ男に出会い、彼の依頼で香港に近い深圳市（しんせん）に一枚の絵を運ぶ事を頼まれた時、ついに広い世界を知る為の第一歩を踏み出すチャンスを掴んだ。</p>
<p><img class="alignright size-medium wp-image-1341" title="perfect 03" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/perfect-03-300x168.jpg" alt="" width="300" height="168" /></p>
<p>彼女はその男の信用出来ない約束を失うが、 家は戻らず、深圳に残って厳しい生活の中で生きていく事を選択する。</p>
<p>ジェニーは深圳の町でリーに遭遇する。ジェニーは離婚協議中だ。彼女は、はっきりしない理由のまま、長い間夢に見ていた香港での生活を離れ、願いを叶えられないままの生活に葛藤していた。</p>
<p>２００９年バンクーバー国際映画祭「Dragons &amp; Tigers」<br />
２００９年香港国際映画祭「Golden Digital Prize」<br />
第６５回ヴェニス国際映画祭</p>
<p>produced by チョウ・クァン、ジャ・ジャンクー、リー・シュドン</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/DownloadedFile-1.jpeg"><img class="alignleft size-full wp-image-1236" title="DownloadedFile-1" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/DownloadedFile-1.jpeg" alt="" width="190" height="265" /></a>背景</p>
<p>１９７０年代の市場開放政策によって、中国は大きな社会の変革と経済成長を見た。しかしその変革はそれぞれの地方に大きな格差の歪みを生んだ。新経済体制により中国北東部に元々あった計画経済政策下の多くの巨大企業は倒産した。それまで国から無料の生活保護を受けていた何百万人もの労働者達は余剰人員となり自由市場経済の大混乱に巻き込まれた。彼らの子供達もまた、生まれ育った街で職に就く事はほとんど無理だと悟っている。</p>
<p>地方では 何百、何千万の農夫達が畑を後にし、仕事を求め、より良い生活を求めて都市部に向かった。職を失った労働者達とその子供達も一緒に中国南部の沿岸都市に洪水のように流れ込んだ。そこでは世界の生産システムの中で不法に行われている低賃金労働が彼らを待っていた。</p>
<p>この南向移住の波は１９９０年代全般に渡ってピークを迎えた。１９９２年に前指導者、鄧小平が南中国を周り開放政策と経済活性を中国復活の道として演説を行った後である。この深圳市は香港に近い故に多くの移住者にとって魅力的だった。</p>
<p>今日、深圳市に住む１２００万人中、１０００万人は他の地方から来た移住者である。その中で大多数が若い女性達。だが彼女達の仕事や生活の環境は厳しい。毎日数えきれない程の移住者が、離れるか、留まるか、地元に帰るか、、、選択を迫られている。</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/director-Emily-Tang-011.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-1342" title="director Emily Tang 01" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/06/director-Emily-Tang-011-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a>エイミー・タン</p>
<p>四川省で生まれ北京で育つ。西洋文学と言語学を北京大学で学ぶ。Chinese National Institute of Arts の大学院ではドラマを専攻。１９９７年に自身が監督・製作したドキュメンタリーを中国中央電視台(CCTV)で放映。１９９８年に中央戯劇学院で監督プログラムに参加し映画監督としての道を切り開く。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『光と影のはざまで』監督：ルシアナ・ブラマキ（ブラジル）</title>
		<link>http://unoportartfilms.org/archives/1453</link>
		<comments>http://unoportartfilms.org/archives/1453#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Jul 2011 00:23:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>info@unoportartfilms.org</dc:creator>
				<category><![CDATA[2011上映予定作品]]></category>
		<category><![CDATA[特選作品]]></category>
		<category><![CDATA[長編]]></category>

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		<description><![CDATA[撮影・脚本・監督：ルシアナ・ブラマキ（ブラジル） 150分 (Pt 1 &#38; 2), カラー, ドキュメンタリー, ブラジル, 2009, ポルトガル語に英語と日本語の字幕付きで上映 映画祭（抜粋）： 2010 グアダラハラ国際映画祭（メキシコ）—ラテンアメリカ・ドキュメンタリー・コンペティション、グランプリ受賞。 2009 ラテンアメリカ映画と人権祭（ブラジル16都市）—ベスト・ドキュメンタリー観客賞 2009 ビアリッツ・ラテンアメリカシネマ＆文化フェスト（フランス）—観客賞及び審査員特別賞 2008 ドクアネマ・ドキュメンタリー祭（モザンビーク／アフリカ）—オープニング作品 2007 IDFA (アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭)出品（制作費の提供もIDFA) シノプシス: 『光と影のはざまで』は、暴力と人間の本質について取材した力強い作品である。主人公は刑務所システムをもう少し人間らしくすることに人生をかけた一人の女性、今はなくなったが当時ラテンアメリカ最大の刑務所だったカランディル刑務所の壁の中に暮らすラップ・デュオ509-E（彼らのセルの番号）のメンバーであるデクスターとアフロX、そして収容者を社会復帰させるのにもう少し尊厳ある方法があるのではと信じた一人の判事。ドキュメンタリーは2000年以来の彼らの7年を追った。 ルシアナ・ブラマキ　背景： 40歳、ドキュメンタリー作家、カメラウーマン、プロデューサー。ブラジル、サンパウロのポンティフィシア・カトリック大学ジャーナリズム学部卒。以後様々な社会問題を扱う作品を制作。サンパウロの大手新聞 Agência Estado やブラジル・ジャーナル、またブラジルテレビ局などのリポーターや国際コレスポンデントを務めるほか、過去10年はイギリスのBBC,フランスのTVアルテなどにプロデューサーとして番組を制作、またNY在住の４年間はDCTVやPBSの制作現場で働いた。2003年に人権問題を扱った作品を独自に制作することを目的にプロダクション会社ゾラメディアを設立。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Entre-a-Luz-e-a-Sombra-Dupla-509-E-na-cela.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1455" title="Entre a Luz e a Sombra - Dupla 509-E na cela" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Entre-a-Luz-e-a-Sombra-Dupla-509-E-na-cela-1024x576.jpg" alt="" width="620" height="348" /></a></p>
<p>撮影・脚本・監督：ルシアナ・ブラマキ（ブラジル）</p>
<p>150分 (Pt 1 &amp; 2), カラー, ドキュメンタリー, ブラジル, 2009, ポルトガル語に英語と日本語の字幕付きで上映</p>
<p>映画祭（抜粋）：</p>
<p>2010 グアダラハラ国際映画祭（メキシコ）—ラテンアメリカ・ドキュメンタリー・コンペティション、グランプリ受賞。</p>
<p>2009 ラテンアメリカ映画と人権祭（ブラジル16都市）—ベスト・ドキュメンタリー観客賞</p>
<p>2009 ビアリッツ・ラテンアメリカシネマ＆文化フェスト（フランス）—観客賞及び審査員特別賞</p>
<p>2008 ドクアネマ・ドキュメンタリー祭（モザンビーク／アフリカ）—オープニング作品</p>
<p>2007 IDFA (アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭)出品（制作費の提供もIDFA)</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Entre-a-Luz-e-a-Sombra-corredor-Carandiru-Sophia.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-1459" title="Entre a Luz e a Sombra (corredor Carandiru - Sophia)" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Entre-a-Luz-e-a-Sombra-corredor-Carandiru-Sophia-1024x575.jpg" alt="" width="620" height="348" /></a></p>
<p>シノプシス:</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1456 alignright" title="Entre a Luz e a Sombra Sophia olhos" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Entre-a-Luz-e-a-Sombra-Sophia-olhos-300x168.jpg" alt="" width="300" height="168" /></p>
<p>『光と影のはざまで』は、暴力と人間の本質について取材した力強い作品である。主人公は刑務所システムをもう少し人間らしくすることに人生をかけた一人の女性、今はなくなったが当時ラテンアメリカ最大の刑務所だったカランディル刑務所の壁の中に暮らすラップ・デュオ509-E（彼らのセルの番号）のメンバーであるデクスターとアフロX、そして収容者を社会復帰させるのにもう少し尊厳ある方法があるのではと信じた一人の判事。ドキュメンタリーは2000年以来の彼らの7年を追った。</p>
<p><a href="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Luciana-Burlamaqui-Entre-a-Luz-e-a-Sombra-e1310652028178.jpg"><img class="size-full wp-image-1457 alignleft" title="Luciana Burlamaqui Entre a Luz e a Sombra" src="http://unoportartfilms.org/wp-content/uploads/2011/07/Luciana-Burlamaqui-Entre-a-Luz-e-a-Sombra-e1310652028178.jpg" alt="" width="150" height="200" /></a>ルシアナ・ブラマキ　背景：</p>
<p>40歳、ドキュメンタリー作家、カメラウーマン、プロデューサー。ブラジル、サンパウロのポンティフィシア・カトリック大学ジャーナリズム学部卒。以後様々な社会問題を扱う作品を制作。サンパウロの大手新聞 Agência Estado やブラジル・ジャーナル、またブラジルテレビ局などのリポーターや国際コレスポンデントを務めるほか、過去10年はイギリスのBBC,フランスのTVアルテなどにプロデューサーとして番組を制作、またNY在住の４年間はDCTVやPBSの制作現場で働いた。2003年に人権問題を扱った作品を独自に制作することを目的にプロダクション会社ゾラメディアを設立。<br />
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