8/11 (sat) 16:00 ~ 産業振興ビル3F,
8/12 (sun) 21:00 ~ 野外トレーラー・シアター
『スポイルズ』
制作:アレックス・マリス、USA、21分、ドキュメンタリー
Spoils: Extraordinary Harvest (trailer) from Alex Mallis on Vimeo.
ブルックリンの中年アーティスト、彼の若いアシスタント、アーティストの盲目の友人、この3人は目を見張るようなポンコツのレトロ・カーで到着する。プエルトリコ人の女性と彼女のティーンネイジャーの孫、この2人は大きなショッピングカートをガタガタいわせ、徒歩で到着する。ハイパーでおしゃべりな20代っぽい若者と、そのラリってる友達は、ブッシュウィックのロフトを出て、地下鉄でやってくる。馴染みの連中と結局一つ所に落ち着く哲学が一同に会する理由は、他の人達がもういらないと捨てたものを拾うため。ダンプスター・ダイビングと呼ばれる「ゴミ拾い」は、農業と同じくらい古い人間の文化だ。大手スーパーの裏で深夜に待ち構える、ニューヨークのちぐはぐな3組のジャーニーを密接取材した異色な作品。制作者のアレックスもダンプスター・ダイバーという派オードコア作品。
アレックス・マリス
NYブルックリン在住のフィルムメーカー。過去作品はボストン・インディペンデント映画祭、ホット・ドックス、ユニオン・ドックスで上映、またドキュメンタリーチャンネル、BBCニュース等で放映されている。短編『最後のカラフルメモ』では中学校時代に女友達からもらった手紙を集めたユーモラスな作品。『今ここでどこでも』はウォール街占拠ムーブメントを取材した、ネットで人気を博した作品。2011年に共同制作した『マタイ24章14節』はホット・ドックスの国際ドック・チャレンジで最優秀賞と最優秀監督賞を受賞。写真おたくで暗室が大好きである。現在ニューヨーク市立大ハンターカレッジ大学院でメディアを学ぶ。ブルックリン・フォルムメーカーズ・コレクティブの会員、またミーアキャット・メディア・コレクティブにも参加。サイトはhttp://www.analectfilms.com/spoils/
監督ステイトメント:
友達にダンプスター・ダイビングがブルックリンでできると聞いた時、そんな楽しい方法で食べ物がタダで手に入るなんて、と心が踊った。2年間やった頃、カメラを持って行こうと決めた。食品産業の専門家とか統計とかを出して僕の意見を押し付けるようなアクティビスト映画じゃなく、傍観者として観察して、わからないところはわからないままの自然体のストーリーを映せればと思って作った。
『片目つむり 2010』
制作:ikon アイコン、エジプト/日本、2010、17’23”、実験映画
「半分日本人のエジプト人というアイデンティティは僕の人生を豊かなものにしてきたけれど、時には、簡単じゃないこともあった。数年に一度日本を訪れる以外はエジプトで生きて来た僕には、自分のアイデンティティのもう一つの側面を一度きちんと見直す必要があった。
生活にはいつでも責任がつきまとい、なかなかまとまった時間はとれない。でもついに、僕にとって未踏の道に一歩を踏み出ため、日本へ行くと決意したんだ。1年間、いろんな都市・町・場所を訪れ、自分も属しているのにぼんやりとしか知らない世界を見て歩いた。記録されたその経験の一部を、短編映画にまとめて何かを表現したいと思った。脚本も計画もクルーもなく、1から100まで全部一人で、僕のジャーニーを映画という形で残してみたかった。」
アイコン
ビジュアルアーティスト+フィルムメーカー。エジプトのアレキサンドリアで生まれ育つ。アイデンティティ、個人的表現、芸術要素と形に関する実験などを主題に、多岐フォーマットで作品を発表するマルチディシプリナリー・アーティスト。社会派作品、未来もの、手法にこだわったアート作品などを個人及び共同制作で手がけている。
『ロマの子供達:ブロック71ジプシー地区より』
監督:イヴァナ・トドロヴィッチ、セルビア、2006、21分、ドキュメンタリー
ジプシーと言えばヨーロッパの流浪の民で、色とりどりのターバンにロングスカート姿で各地の文化・音楽を取り入れながら独自の文化を築いた旅芸人民族という印象。スペインのフラメンコ、トルコのベリーダンス、バルカン音楽などに深い影響を与えたことでも知られる。オペラの『カルメン』もジプシーを描いているし、ゲーテやトルストイの小説や、リストやブラームスやサラサーティの音楽、またピカソやゴッホ等の絵画にもそのエキゾチックな影を落とした。しかし、ラテン・中央アメリカのマヤ人などと同じく、歴史上の民としてのイメージが先行し、現代に生きるジプシーの存在は見て見ぬふりをされているというのが現実である。
この作品に登場するロマ人は、いわゆるジプシーを代表する民族で中東欧に多い。 ジプシーの名称の語源は“エジプトからの民”だが、現在では実際には主に北インドから逃れてきたとされている。ロマ人の人口は、EUの行政の調べによると、ルーマニアを中心に欧州全体で推定1000万~1200万人とされる。
芸術の分野で描かれるエキゾな存在とは裏腹に、ロマ人およびジプシーの歴史は差別の歴史に他ならない。1935年ナチが台頭してからはユダヤ人と並んで劣等民族とされ(ナチと同じアーリア人だったにもかかわらず)民族絶滅政策の対象として迫害・虐殺された。戦後、旧ユーゴスラビアを含め幾つかの社会主義国がロマを少数民族として認定し定住・同化を斡旋していたが、1999年のコソボ紛争では、セルビア人とアルバニア人両方から迫害を受け、またも土地を追われ、新たなロマ人難民が多く出た。このドキュメンタリー小作品には、こういった背景がある。
セルビアには600もの不法居住者地区があり、ほとんどの占拠者はロマ人だ。そのうち、120あまりがベオグラードの都市部とその近郊にある。『ロマ人の子供達』でイヴァナ・トドロヴィッチが描くのは、その一区画に暮らす、一つの家族—よりよい生活を求めて南セルビアから流浪して来たジプシー、スタンコヴィッチ家の生活。生活保護がほとんど与えられない中、彼らの生活は粗末で、子供達は家族を支えるために手伝って働く。セルビアのロマ人という普段メディアで取り上げられない人々にスポットライトを当て、彼らの複雑な習慣や、セルビア文化からヒスパニック系ヒップポップまで多文化を吸収して生きる伝統を捕らえる。イヴァナは特有の好奇心と同等の目線を持って子供達の間に入っていき、フツウの大人が聞かない質問をする。「学校には行きたい?」「将来の夢は?」子供達はくったくのない笑顔で、自分たちには与えられないであろう教育の機会や将来の夢を語る。チャーミングにしかも報道性豊かに、虐げられ貧しいロマの人々に同じ人間として恐れなく近づき取材した、UPAFが注目するドキュメンタリー界の新星イヴァナ・トドロヴィッチの初期秀作品。
ベオグラード国際民俗学映画祭特別審査員賞、モントリオール人権映画祭最優秀短編賞を始め、西欧諸国30以上の映画祭で受賞・上映。昨年にはセルビアの小学校社会科の必須視聴プログラムに指定されている。
イヴァナ・トドロヴィッチ
ベオグラード大学人類学部の卒業制作として本上映作『ロマの子供達:ブロック71ジプシー地区より』を完成。その後ベオグラードで開講された、民俗学ドキュメンタリーの巨匠ジャン・ルーシュ(仏)が立ち上げたアトリエ・ヴァランの夏のワークショップに参加、ドキュメンタリーを生きる道に選ぶ。2007年にはベオグラードの町で一人生きるホームレスでグラフィティ・アーティストの少年を描いた作品『ラップリゼント』(2010UPAF上映作品)を完成、ロンドン国際ドキュメンタリー映画祭でプレミア、ベオグラード民俗学映画祭で最優秀賞、その他ロッテルダムなど多くの映画祭で上映された。主人公のボヤンは2009年、惜しくもヘロインのオーバードースで死亡している。
2008年に奨学金を取り、ニューヨークのニュースクールでドキュメンタリーを学ぶ。翌年仕上げた卒業制作の『ハーレム・マザー』(2010UPAF上映作品)では、拳銃の暴力で無実の一人息子を失ったハーレムの一人の母親の深い悲しみを描いた。この作品はカンヌ映画祭の短編セクションで上映された。その後ベオグラードに戻り、2011年には都市部から10キロ圏内にも関わらず水道も通っていない荒廃した工場閉鎖町『マキス・シティ』(彼女の家族が暮らす)を完成、政治的に立ち上がりかけながらも上手く行かず淡々と暮らす住民たちの姿を描いた。現在はベオグラードの性転換者売春婦の作品を制作中。
イヴァナとUPAFのタハラの対談記事はこちら:http://www.webdice.jp/dice/detail/2452/
『コンセンサス』
製作:ミーアキャット・メディア・コレクティブ、USA、2011、8’26”、ドキュメンタリー
ウォールストリート占拠事件をメディアとして外から報道するのではなく、本質を捕らえようとすぐ近くからカメラに収めた作品。彼らのムーブメントの基本コンセプトは“コンセンサス”(同意)制。では具体的に、どうやったら同意制で物事を進めて行けるのか。いまでは伝説となった昨年秋のリバティー広場での熱いムーブメントをいち早く伝えたビデオの一つで、他地域の占拠者達の間で大切に使われ、結果的にOWSムーブメントのハウツービデオとなった作品。制作は、占拠者ではないが他の数多くのニューヨーカーのようにOWSを応援していたミーアキャット・メディア・コレクティブ。彼ら自身がそれまでの6年間、同じような同意制でメディア制作を続けて来ており、手の動きまで同じで、驚いたと言う。それで同意制のやり方に注目した作品に仕上げた。
ミーアキャット・メディア・コレクティブについては、『ブラスランド』のページで詳しく紹介されています。
『ミラ』
監督:クレイグ・シェイヒング、USA(フィアデルフィア)、4’00”、2011、実験映画
見えそうで見えない、つかまえられそうで手の届かない女の子ミラ。フィラデルフィアのグラフィティだらけの廃墟ビルで撮影された、不思議で優しく、はかない映像。これは彼の記憶?それとも彼からの贈り物?
UPAFが制作者のクレイグにこの作品のシノプシスを書いてとお願いしたら、これが返って来た。そもそも、言葉にならないものを彼は表現するために映像作品を創っている。なので、“シノプシス”の代わりに彼が書いたものは、また別のアート作品になってしまった。でもそれは作品と同じくとてもやさしくはかないので、そのままここに掲載する。一応の翻訳を、横に添えておく。
『ゼーンズフト』
制作:クレイグ・シェイヒング、USA、2011、1分、実験映画
「ゼーンズフト」は定義の難しいドイツ語の言葉である。C.S.ルイスによれば、人間の心の「何だかわからないもの」への「立ち直れないほどの切望(あるいは憧憬、焦燥)」だそうだが、ゼーンズフトとは、表現せずにはいられない強い感情ながら人間の言語では伝えきれない気持ちを言い表そうとした言葉の一つと言えるだろう。言語の限界と人間の感情の深さを物語る言葉だ。
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの言葉:「表現でき得ないものを無理に表現しようとするのをやめるその時、何も失われるものはなく、表現できないものは表現できない風に、描かれたもののなかに残る」—ポーランドの詩人チェスワフ・ミウォシュの『手の届かない地球』より
クレイグ・シェイヒング