優雅なインドの国々

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『優雅なインドの国々』(原題:Les Indes Galantes /The amorous indies)は「フランス王室作曲家」として公族貴族に好まれたフィリップ・ラモーが1735年に作曲したオペラーバレエ。ここの「インド」はヨーロッパ以外の異国の民、異教徒、原住民の意。彼が1725年にパリで見た米国イリノイ州のミチガメア(Michigamea)族の酋長による民族ダンスに刺激されて作った曲で、それをもとに第4部『未開人たち Les sauvages』が書かれた。シネマと現代アートの堺で活動するアーティストのクレマン・コジトア(2018年マルセル・デュシャン賞候補)が、この第4部をパリオペラ座の舞台でクランプダンサーたちを起用して現代風にアレンジし直した。クランプダンスは、90年代にロスアンジェルスのゲットーで生まれたアートフォーム。ロドニー・キング事件とそれに続く人種差別と警察の抑圧への怒りから来る黒人たちの暴動の中から生まれたダンスフォーム。威圧的な空気の中で暮らす黒人の若いストリートダンサーたちが、物理的、社会的、政治的な存在として自分の体で暴力的な緊張感を表現したのがこのダンスである。1725年のアメリカ先住民の踊りと1990年代の反抗的なクランプダンスの両方を取り入れて、ラモーのオリジナルのリベレットが再現される。若者の怒りに満ちた踊りは火山の爆発寸前だ。その後コジトアはパリオペラ座の350周年記念プロジェクトに選抜され、ラモーの『優雅なインドの国々』全体を再現する舞台が2019年9月にこけら落としの予定。

監督:クレマン・コジトア(Clément Cogitore)。2017年、6分、HD カラー、フランス。実験映画。会話なし。日本初上映。

Clement Cogitore

クレマン・コジトア (1983年フランス生まれ) はパリ在住のアーティスト。フレノワの国立現代美術スタジオ(the Studio National des Arts Contemporains)で勉強したのち、短編処女映像作品 CHRONIQUES (2006)を制作、VISITÉS (2007) がロカルノ国際映画祭で上映。AMONG US (2011) はスイスのファーストフィルムin ヴェヴェイでヨーロッパ最優秀賞、ブラジルのベロオリゾンテ映画祭で 最優秀映画賞受賞、ドキュメンタリー作品 BIELUTINE – IN THE GARDEN OF TIME が2011年カンヌ映画祭の「監督週間」に選抜される。2015年に初の長編ドラマ作品 Ni le ciel Ni la terre (英題:Neither Heaven Nor Earth or The Wakhan Frontを制作、カンヌの「国際批評家週間」でプレミア上映、ガン財団賞を受賞、またセザール賞で最優秀長編処女作品賞。その後も数多くの映画祭で上映、幾つかの受賞を果たした。同年現代アートの若手芸術家に贈られるBALプライズ受賞、2016年にもフランスの大きな現代アートの賞を2つ受賞し、2018年には世界的に有名なマルセル・デュシャン賞候補アーティストに選出されている(結果は10月)。

Interview:

http://www.fipresci.org/festival-reports/2015/cannes/rationality-put-to-the-test

 

追加解説:

ジャン=フィリップ・ラモーはフランスのバロック作曲家で音楽理論家。「フランス王室作曲家」として公族貴族に好まれ派手な歌劇を数多く作ったが、反封建反絶対王制派、反カソリックのジャン=ジャック・ルソー(『人間不平等起源論』『社会契約論』著者、文明が人間を退廃させるとし、未開の自然人こそが平等で争いのない無垢な精神の持ち主と捉え、フランス革命前の西洋市民文化に影響を与えた)に激しく避難された人物。 Les Indes gallantsはラモーの書いたオペラーバレエ舞台の題名で、日本語訳は「優雅なインドの国々」。前述の通り、ここのインドは現代のインドではなく、ヨーロッパ以外の異国の民の総称。この作品では、第一幕・寛大なトルコ人、第二幕・インカ帝国のペルー人、第三幕・ペルシアの祝祭、第四幕・未開人たち(アメリカ大陸のインディアン)と続き、ヨーロッパ人の将校と世界中の現地(つまり先住民)の女性との恋愛を中心にエキゾチックな雰囲気とスペクタクル的な娯楽性に満ちた舞台で人気を博した。1992年のロス暴動とは、ロドニー・キング事件(スピード違反の黒人男性が20人以上の白人警官に殴打され、それを市民がビデオに撮影してメディアを騒がせたが、警官たちは無罪となった事件)を発端とする黒人たちの人種差別への怒りの表明で、近年のブラック・ライブス・マター運動の先駆け。